安蘭個展 「Sanctum」/ヴァニラ画廊

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 羽ばたく蝶を見つめているひとの頭にはおおきなリボンがありました。

 月が見おろす場所からなにかを祈るひとの瞳にはお星さまが浮かんでいました。

 

 わたしは蝶とリボンが、少女という生き物を語るうえで欠けてはならないふたつであると感じています。少女が長い髪に結わえたリボン。あれはほんとうは蝶々なのではないかしらと、よくそんなふうに考えるのです。少女、という生き物は自分がまだ何者であるかも知らないうちに摘みとられる花のように儚くて、それゆえに美しく痛ましい。彼女たちは、まるで硝子のようで、それが砕けたとき、みじかい季節は終わる。甘く微睡んだ眠りから、このうつつに目覚める。

 少女たるものはかならず一度は死に、女に生まれ変わる。

 夢という花が散り、繭をぬぎすて、記憶の棺にかつての自分の亡骸をおさめたとき、現実がはじまる。

 少女が髪に結わえたリボンは蝶に見える。

 やがて訪れる死が避けられないなら、この《蝶》の翅が目のまえの世界からわたしを連れだしてくれたらいいのに。ここではないどこかへ。リボンにはそんな願いが託されていると、わたしは思うから。

 

 そして《女》であるという現実を、つまりは自分の宿命を受け入れた者は現実に「目覚める」——かつて少女だった者は拒絶によって世界とおのれとを遮断していました。けれども少女という繭を脱ぎ捨てようとしている者は、これからおとずれる自らの運命を受容するのです。そこにはかなしみもくるしみもなく、ただ祈りがあるだけ。

 

 拒絶でなく受容を知ったかつての少女が祈るその瞳のなかに浮かぶ青は、まるでひとつの星のようでした。わたしたちが住むこの地球のように。月が見おろす場所から彼女たちは星を見つめている。儚い喪失にも似た祈りのなかで、かつての哀しみや痛みさえも抱きしめて微笑んでいるのだと、わたしは安蘭さんの絵画を拝見しながらそのようなことにつらつらと想いを馳せておりました。

 

 現在ヴァニラ画廊さんで開催されている安蘭さんの個展、「Sanctum」に展示されている絵のむこうがわの彼女たちから拒絶と受容、そして祈りを、わたしはとても強く感じたのです。蝶と月、リボンと星。そこには「かつて」と「いつか」の気配が満ちていました。

 

 Sanctum——聖なる場所とは、彼女たちの心のなかにある部屋のこと。彼女たちの肉体は神殿であり大伽藍であり、その最奥には祈りの場所がある。わたしにはそのように感じられました。

 

 デリケートに統御された美のなかに、インスピレーションが飛びかいながら繊細に模様を編んでいるような空間に、とても感銘を受けましたので、的外れかもしれませんが、わたしなりにこの個展のことを綴らせていただきました。来月の四日までですので、あの祈りが必要なかたに届くようにと願っております。