猛禽

 

 

 何度も繰り返すようですが、男のかたはほんとうに大変だと思います。

 わたしが男のひとだったら、たったひとりの「巫女」のための神さまになるのは無理そうなので、猛禽の一族になりたいと感じます。

 

 宇宙船のなかから暗黒の銀河を眺め、ときどき月や金星に降りたって、天体たちのあいだを彷徨い戯れたあと、またひとりで金属の容器のなかに閉じこもり、地に根をおろした《女》の肉体の重力から軽やかに脱出して、幾度も孤独な漂流へと戻ってゆく。そんな猛禽の一族に。

 

 けれどもそんな一族にこそ、ある種の女たちは《神》を見て、追いかけてしまうものなのかもしれない。追いかけたすえに女が自分の質量で捕えたと思っても、精神は空の彼方に飛翔しているような猛禽たち。自分だけの軌道をまわっていて、彗星にでもならないかぎり捕まえられないような男に自分がなることを、小娘のころは夢見たものでした。

 

 「神の庇護下から出ては生きてゆけない女」を男は無意識にさがしているのかもしれないとあなたはおっしゃいましたが、自分はそんな女には絶対になりたくないと思いながら、そうなれたらどれほど幸せだろうと考えてしまうのが、それなら女という生き物なのかもしれません。女について多くを語れるほど、わたしは《女》を知ってるわけではないのだけれども。

 

 あなたとは『源氏物語』のお話をたびたびしているから、そのなかで喩えるならば、紫の上こそ、まさにそんな女だとわたしは考えています。

 

 幼いころから源氏のそばで育ち、源氏が望む「最高の女性」としての教養を授けられ、またうてば響く鐘のようにそれをすべて吸収し、源氏が不遇のときもかれを信じて待ち、表面上はつねにかれの「一のひと」でありつづけた彼女。源氏の腕のなかから一歩逃れたら、たちまち水を失った魚のようになってしまいかねない彼女。

 

 だからこそ紫の上は男のひとにとって「永遠の理想」たりえるのかもしれません。彼女には巫女的な要素はまったくなくて、源氏で「巫女」といえば、やっぱり六条御息所になってしまうのでしょうけれど。

 

 しかしあんなに作者にかばわれて、源氏に一等愛されたはずの紫の上に、わたしは「男の理想どおりに生きた女の不幸」のようなものを感じてしまうのです。といったらたいそう傲慢のようですが、でもそうなのです。だけど不幸が幸福であることもあるから、紫の上のことも矢川澄子のことも、わたしが彼女たちについてなにかを語るのは、おこがましいこと。わたしはまた、そんなふうにも感じています。

 

 実は、とまた「実は」で自分でも嫌になるのだけれど、わたしの祖父はとんでもない背教者か無神論者だったらしくて、お寺の住職の息子として生まれ、後継者として育ちながら、信仰も寺院もなにもかも捨てて家を飛びだしたのですって。

 わたしが生まれるまえに亡くなっている祖父だけれど、黒く輝かしい法衣を着ることを拒み、本堂の甍の下にある空間の無限の重たさを受け入れることを拒み、《神》を拒んだその精神に、わたしは興味があるのです。読経を呪詛に変え唾を吐きながら背をむけて去っていったのか、ある日突然なにもいわずに姿を消してしまったのか。

 

 祖父とお話してみたかったような気がするけれど、わたしが寺院の娘だったとしたら、あなたがおっしゃるように偽りの信仰のもと、いちばん楽に生きられる道を選び、だから一生を伽藍の王国のなかで過ごすことで自分を閉じこめたと思うので、若かった祖父の暗く荒廃した情熱を充分に理解してあげられるかはわからないし、あまつさえ尼僧になりたいだなんて考えているわたしだから、お話しても祖父をがっかりさせてしまっただけかもしれない。


 わたしはね、源氏の君というひとは女にとって《神》になれる男であり、そして猛禽の一族だったのと思うの。そしてわたしの祖父も、そんな種族の末裔だったのではないかしらと、ときどき考えるのです。わたしにとっては、K、あなたも猛禽の心をもっているような、そんな気がするのです。

 

 女の《愛》が小鳥のくちばしのかたちをしてあなたの心を突いても、あなたはまったく動じもしない。あなたというひとはわたしにとって、どこかそんな鋭い爪と嘴をもっているところを気配で感じる、そういうひとなの。

 

 すこし怖い。でも同時に安心もする。あなたは不思議なひとです。

 

 


 (Kに宛てたいつかの手紙の断片から、28)