十三月の約束

 

 

 二十歳を過ぎたころから、自分自身のために小説を綴っていました。たとえるならばそれは自己治療的なセラピーの一種で、わたしはわたしを慰め癒すために物語というひとつの夢を築き、そこに耽溺することでこの世界に座標軸をさだめた肉体とわたし自身の名を離れて、束の間その夢のなかでわたしではない「何者か」になることができた。だからそれを誰かに読んでもらおうとは、まったく思うこともなくわたしはただわたしのためだけにそれを書いてきたのです。

 

 しかし四年ほどまえでしたでしょうか。わたしは永いあいだ書きためたそのさまざまを、はじめて「このひとに読んでもらいたい」と痛切に願うひとに巡りあいました。『夏の鳥籠』と名づけた長編をかれに毎日一話ずつ読んでもらいながら、その物語が終わったとき、不思議なことに何年もまえに綴ったその小説のなかで繰り広げられたすべてが、ようやくわたしのなかで完結したような、体験したことのない感慨を覚えました。そのとき抱いた感動は、読み手にわたしの築いた世界を目で触れたもらったとき、はじめて物語は完成するのだということに気づいたことによるものだったと思います。それまでわたしの小説の読者はわたしだけでした。わたしはわたしの愛せるものを綴りたかったし、わたしが読みたい小説を書きたかった。けれどもそのうえで欲というものが生まれ、「読み手に求められたい」とつよく感じてしまったのです。わたしの愛するひとたちのために、物語が書きたいと。

 

 それからすこしだけ時間が経ち、幸運なことにわたしの文章を好きだといってくれる幾人かのひとに出逢い、そして小説のことをお互いに相談できる友人にも恵まれました。

 

 先月の十九日のことでした。彼女とお茶をしていたおり、なにかのお話の拍子にお互いにおなじテーマで小説を綴ってみないかということになりました。期間は十一月いっぱい。主題は友情にしようということになり、そういえば自分が《友情》というものを文章のなかで描いたことがないことにそのときになって思い至りました。わたしの綴る小説は、そのほとんどを子供たちが閉じたゆえに充足した、がらくたの聖堂に自分自身という《神》を祀り、しかしおのれが神ではなくただの人間であることを知ることで甘美な幼少期を終わらせる、その痛みを繰り返し書いてきました。これはいつかのわたしへの埋葬のためです。その通過儀礼が幾度も必要であるのは、きっとわたしがその時代を完全に終わらせることができないでいるためなのでしょう。

 

 友情、と胸のなかで呟いたとき、わたしには脳裏に浮かぶ言葉がありました。

 

 ちょうどその前日に拝読していた、ある女の子のBLOGに綴られていた文章で、「運命的な恋よりも、生涯につづく友情の方が尊いもののように感じる気持ちを、この世界の何処かにいるあなたなら、きっと分かってくれますか。」というものです。その言葉を目で触れたとき、わたしはあまりにも切なくなりました。それは友情に半身をもとめて祈る、乙女のうつくしさに対する切なさです。この乙女のように、このように感じている女の子たちのためにお話を書きたいと漠然と感じたその気持ちが「友情」をテーマに文章を書こうと話が決まったその日に再浮上し、そして勢いのまま十日間で綴ったのが『十三月の約束』という物語です。

 

 由良の祈り。月、回転木馬の輪のなか、白詰草の花冠の向こう側、スノードーム。そして縷々という少女。——これは「ゆら」と「るる」というふたつの名をもつ乙女に捧げた物語でもあります。とにかく十日間で綴ることをミッションとして書いた小説なので、納得いかないところも多くありますが、いまのわたしがわたしなりに精一杯の愛をこめて綴ったこのお話を、近いうちに改稿してできれば中編から長編に編みあげたいと思います。

 

 わたしは自分のために物語を書いてきました。けれども誰かのために文章を綴ることが、もしかしたらできるのではないかとかすかな光のように信じさせてくれた、大切なお話です。あなたもよろしかったら、少しずつ変化してゆくわたしを見届けてやってくださると嬉しく思います。

 

 『十三月の約束』https://www.novelabo.com/books/4241/chapters