乙女の庭と女の荒野

 

 

 

 「愛の庭の乙女、その優美で豊潤で繊細な庭は、あなたと親しみをかわす者にとって心安らぐ場所です。悲しみや苦しみに沈むとき、顔をあげて、これまで築いた美しい庭を見渡してみてください。丁寧に培った植物たち、光の洪水。乙女の愛は、その庭がみせるあらゆる表情と機微によって訪れます。」

 

 これは白百合がわたしにはじめて綴ってくれた郵便のお手紙に書かれてあった文章です。

 

 消印を見てみたら、今年の三月のことでした。そのころ地獄の業火に灼かれたみたいな悲しみの底にいたわたしに、彼女の言葉はまるで煌めく水のような潤いをもたらし、その束の間の癒しによって、わたしは自分がいかに渇いていたかを知りました。

 

 この白百合の言葉は、彼女が当時のわたしの状況をタロットカードに聞くことによってその診断結果を綴ってくれたものの一部であり、わたしの本質をあらわす位置に出た「カップのプリンセス」からの解釈です。――あのころ、わたしがこの言葉にどれだけ救われたかをひとことで表現することはできません。いまもこの手紙に綴られた文が、ふとした拍子に背骨を駆けてゆくように蘇るほどに、わたしには救済でした。

 

 カップのプリンセス、あるいはペイジとも呼ばれるこのカードがあらわす人物は、たしかに「愛の庭の乙女」なのです。それはおのれの《庭》という世界のなかで夢や空想や愛に浸り耽る無邪気な少女であるということです。ちいさい庭のなかは幸いに満ちている。そのはずです。なぜならそこには彼女の好きなものだけを集め、愛するものを祀って聖堂を築くことができるのですから。そこは美しい《庭》のなか。その場所を一歩踏み出せばもっとひろい世界があることを彼女も知らないわけではない。しかし庭に背をむけることが、彼女はおそろしいのです。そしてその意味もまた見つけられない。だってこんなに幸せなのに、なぜそこを出ていかなければいけないというのでしょう?

 

 もし、美しい庭のさきにある世界が醜い荒野だったらどうするの?

 

 夢から醒めたあとに待ち受けている現実を受け入れるほどに、彼女はまだ成熟していない。荒野のなかで刃をむく草たちに皮膚を切り刻まれたら、きっと血だらけになってしまうだろう。だけどいつか、この庭をでてその荒野にむかわなければいけないことを、彼女は知っている。ひどく漠然と、しかしある直感によって。そしてその荒野に出るとき、その動機は《愛》によるものであることが彼女にはわかっています。ただ愛だけがカップのプリンセスを動かすことができる。

 

 あのころわたしはたしかに「愛の庭の乙女」だったと思うし、その言葉をわたしに捧げてくれた白百合には心から感謝しています。そして彼女がわたしの誕生日のお祝いに、「愛の庭」と名づけ手ずからつくり贈ってくれたローズクォーツのブレスレットはわたしの宝物です。

 

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 「ローズクォーツは愛の石です」と彼女はいいました。

 

 「恋の石だと呼ばれることもあるけれど、まずなによりも愛の石。あの石は自分自身を愛しましょうという誓約なのです。愛するひとを愛するようにおのれを愛する。そしてそのつぎの段階に恋があるのではないでしょうか。おのれにそそぐ愛を等しくむけるひとに出逢ったとき、それが《恋愛》になる」

 

 あの愛の庭のブレスレットは、わたしにその誓約を思い出させてくれます。まず自分自身を愛すること。

 

 ところでつい先程、突然思い立ってタロットカード(白百合の所持しているものとおなじものを、彼女の愛の庭のお手紙のあとにお迎えしたのです)に「わたしに美があるとしたら、それはどこでしょう?」と質問を投げかけてみました。いままでそんな問いを囁いたことは、タロットにはもちろん、誰にもありません。なぜならわたしは自分に美があることなど、到底信じられなかったから。けれどもそれを訊いてみるつもりになったのは、わたしのなかになんらかの化学変化が起こっていると見ていいのかもしれません。

 

 そして一枚のカードが出現しました。

 

 カップのクイーン。

 

 王女が女王となり、愛の庭の乙女が愛の荒野の女になった姿です。このカードが出現したとき、わたしは涙ぐみそうなほどでした。自分がいま、なにかの過度期にいるのだと、近ごろはそう感じることがしばしばあるのですが、やはりそうなのかもしれないと再確認した出来事でしたので、ここに綴っておきたいと思い、こんな時間に文章を書いています。

 

 ところでこのところずっと熱にうかされているので意味のなりたたないおかしな言葉の羅列をならべているかもしれません。あしからず。

 

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