永遠の少女標本(17)――藤原璋子

 


 藤原璋子(ふじわら の しょうし/たまこ、1101年ー1145年9月10日)

 

 平安時代後期、鳥羽天皇中宮であり、崇徳・後白河両天皇の生母だった女性。待賢門院。


 心に川をもつ少女。

 


 彼女の心には川があった。はじめ、彼女の胸の内側からあふれでる水は、ひとりの男にむかって注がれていた。

 

 巨きな「神」のようにも、大きな「父」のようにも思っていたその男に。

 

 その男だけを想っていれば日々が過ぎていった過不足のない少女時代は埋葬され、世間の掟にしたがって、彼女は「妻」となった。それも、誰あろうこの国の一のひと、ならびたつ者のいない御方のもとへ、「中宮」という女に生まれた者ならば誰もが夢を見たその身分を約束されて。

 

 彼女のなかの「川」はふたつに別れた。

 誰かを「裏切った」つもりはない。

 

 あのひとにはあのひとに、このひとにはこのひとに、おなじだけの「水」を注ぎ自分自身を捧げた。肉体も心も、差しだせるものすべてで応えた。

 

 そう、「裏切り」だなんて、まったく思いもおよばないこと。彼女にはそんな意識はまるでなかった。

 

 彼女の心には切り換え可能な世界が存在していた。あのひとと、このひと。

 どちらにより「重き」を置いていたわけでもない。どちらも大切な「重さ」だった。


 あのひとと見つめあっているとき、「このひと」は、わたしの世界から反転して見えなくなる。
 このひとと戯れているそのあいだ、「あのひと」は、わたしの世界から退場して見えなくなる。

 

 彼女の心を吸い寄せるふたつの磁力、二俣の川。

 

 世界は裏返り、またもとの姿を取り戻す。そんなふうにふたつの極のあいだで彷徨うことを楽しんでいた彼女は、それを罪だと思ったことはなかった。どちらにもおなじように、「まごころ」を注ぎ、捧げたのだから。

 

 しかし、重要なふたつの極の片側が失われたとき、世界は崩れた。完全な調和は壊れた。

 

 彼女の心には、「愛」によって育った広大な河が残された。

 もう顧みられることもなくなった、悠久の水の流れが。