祈りはささやかなほうがいい

 

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 祈りはささやかなほうがいい。

 

 金子千佳の詩集、『婚約』に目で触れていると、なぜだろう、そんな想いが脳裏に浮かんでくる。

 

 わたしの心にある「くぼみ」を、彼女の言葉は刺激するのだ。

 

 「くぼみ」とは、恋人が去ったあとの明けがたのベッドに残った、巻貝のようなかたちかもしれない。

 

 いいえ、それは目に見える形ではないかもしれない。もしかしたら、記憶の果ての夏の日に、ココア色の陽射しを浴びながら、海辺におとして流れていってしまった、どこまでも遠くに揺蕩っていった、あの麦わら帽子の空洞が、わたしに「くぼみ」をつくったのかもしれない。

 

 どこかにいってしまったものたち。かつてあったもの。いまはもうないもの。

 

 わたしたちはみんな、それぞれの心にある「くぼみ」をさがして、この世界を流離っているようなものだということを、彼女の詩はわたしに囁いてくる。それは祈りにも似た、やさしい凪のような声。

 

 「くぼみ」には「かけら」が必要だ。必要なかけらは、もちろんひとによって異なる。愛、夢、あるいは美、あるいは心。


 いつか巡りあうもの。彼方からやってくるもの。―—『婚約』。


 わたしの「くぼみ」とは、その「かけら」を迎えるために、その日のためだけに、わたしのなかにあった「不在」だった。あなたとわたしは、くぼみとかけらは、『婚約』して、そして結ばれるのです。《永遠》に。

 

 その喜びの予感とともに、わたしは「不在」を撫でています。猫の仔の背を撫でるように。この鮮烈に咲きほこる花に、わたしは《希望》と名づけましょう。その祝福の花びらが両腕からこぼれ、嬉しさのあまり、わたしは耳鳴りがします。

 

 卵の殻を破らなければ、ひな鳥は生まれずに死んでしまう。

 

 わたしはいま、卵の殻を破りました。美しい鳥となって、空へと羽ばたいていきます。

 

 けれども怖い。あの白い太陽が、あまりにも強く輝かしく見えるので、それが暗黒にさえ感じられるのが。

 

 わたしを待っているのは、ほんとうに白い《未来》なのでしょうか? それを信じていいのでしょうか?

 


 

 わたしのなかにある「くぼみ」。そこにぴったりのかけらが嵌る日は、けっしてこないのだと思う。こなくていい。ささやかでいいのだ。祈りも願いも。わたしには白くても黒くても、太陽を抱きとめる勇気などないのだから。

 

 金子千佳は『婚約』を残して忽然と消えてしまった。《呼ばれたまま 帰ってこなかったものたちが住む 閉じられた庭園》に。

 

 彼女は《太陽》をその手に抱きしめることができたのだろうか。


 素晴らしい詩集だと思う。まだ版元の思潮社さんに在庫があるはずなので、ぜひ。


 


 それは次の季節への支度だったか
 やがてわたしたちは
 たがいの影をおしいだいたまま
 口をつぐむ花の瞼に
 永い睡りを
 たくすのかもしれない

 

 

 「水上散歩」より抜粋

 

  呼ばれたまま
 帰ってこなかったものたちが住む
 閉じられた庭園
 咲きほこる宝石のあかるみに
 こすれる影の砂丘の岩蔭に
 冷えた白い足が
 ちらちらとうつろい、

 

 (いま、わたしたちが坂のように消えてゆくのを見た)

 

 

   「月光浴」より抜粋
 

 


 

 


 金子千佳『金子千佳詩集 婚約』 思潮社

 

 

婚約

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