永遠の少女標本(14)――山川登美子

 

 

 山川登美子(やまかわ とみこ、1879年7月19日-1909年4月15日)本名・とみ。

 

 日本の歌人


 しら百合の少女。


 「髪ながき少女とうまれ白百合に 額は伏せつつ君をこそ思へ」—―かみながき をとめとうまれ しろゆりに ぬかはふせつつ きみをこそおもへ


 少女と記して「をとめ」と読ませるこの乙女とは、彼女自身のことだった。

 

 彼女の目の窓は閉じられ、睫毛のカアテンによって完全に遮断されている。両手で百合を捧げもち、祈っている。「きみ」を想いながら、まるで接吻しそうなほどにおのれの顔へと近づけたその白い花は、彼女にとって、愛するひとの心にひとしい。


 それは2011年に岩波文庫から出版された山川登美子歌集の表紙に、一条成美の絵で飾られた「をとめ」の姿を連想させる。あの乙女こそ、彼女、山川登美子の似姿だった。


 彼女の黒髪は夜に溶けあいながらも艶やかに光り、長い髪にこめた願いから「星」が生まれる。ひとつ、ふたつ、みっつ、よっつ。けれどもほんとうに叶ってほしい願いごとは、ただひとつのことだけ。とびきりおおきな星とうつくしい花を、彼女は胸に抱く。お空にそれが輝いていたころの、手にそれを大切にくるみ、あの甘い吐息を吸いこんでいた日々の、なんと幸福だったことだろう。

 

 「それとなく赤き花みな友にゆづりそむきてなきて忘れ草つむ」


 彼女がついにはなれなかった赤き花。いや、なれなかったのではない。彼女は白い花でいることを、自分自身で選んだのだ。

 

 「赤き花」は恋の花。

 

 彼女の友であり、同時にライヴァルであった与謝野晶子こそ「赤き花」。ひとりの男をはさんで、恋と歌を競いあった彼女たち。

 

 晶子の歌に、こういったものがある。

 

 「おもひおもふ今のこころに分ち分かず君やしら萩われやしろ百合」

 

 しら萩とは晶子のこと。そしてしろ百合とはもちろん、登美子のこと。

 

 あのひとを想うわたしたちに気持ちに、どれほどの差がありましょうか。その心は、一心同体なのです。あなたがわたしで、わたしがあなたなのではないかと思うほどに。


 「あのひと」—―与謝野鉄幹と登美子の恋は結局、成就することはなかった。登美子には親のさだめた許婚がいた。生家の名誉と支えになる婚姻を結ぶという義務があった。彼女はそれに反抗しなかった。

 

 晶子はそんな彼女をこんなふうに歌っている。

 

 「星の子のあまりによわし袂あげて魔にも鬼にも勝たむと云えな」

 

 俵万智のチョコレート語訳では、この歌はこんなふうに現代語になおされている。

 

 「星の子のあなたあまりに弱かった封建的な悪魔の前に」


 弱い。そうだろうか。

 

 自分の立場を省みて身を引く者には、強硬に意志を貫く者とはべつの意味での強さがあるのではないか。

 

 登美子は「赤い花」になりたいと願いつつ、白く清らかな「をとめ」である自分を棄てられなかった。なにもかもを捨てられなかった。それが晶子ならば、情熱の焔となって恋の炎となって愛する男を選んだに違いなく、それをまばゆく思って登美子は「赤き花みな友にゆづり」と詠んだのだと思う。


 きっと晶子もそれがわかっていた。そして登美子がけっして「弱い」女などではないということも理解していた。だからこのような歌もまた、詠んでいる。


 「魔のまへに理想《おもひ》くだきしよわき子と友のゆふべをゆびさしますな」―—「封建的な悪魔の前に」理想を棄てて嫁ぐ友を、弱い女だと決めつけないでください。


 このしら百合は、三十の年を数えるのを目前にして、結核でこの世を去った。清らかで儚く、そして優しい「をとめ」のまま。そして清らかさと優しさとは、「強さ」だとわたしは思う。

 

 

 

山川登美子歌集 (岩波文庫)

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みだれ髪 (新潮文庫)

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