妄想、あるいは想像力の戯れ

 

 

 日本の民話について、あのひととかわした妄想、あるいは想像力の戯れ。


 「『鶴の恩返し』という昔話があるでしょう。あのお話のなかで、鶴である正体を知られてしまった女は男のもとから去ってゆくけれど、あなたが相手の男ならば鶴を上手に宥めてしまって、そのままなにごともなかったように一緒に暮らしてしまいそう、なんとなく」


 「ぼくが『鶴の恩返し』に納得いかないことがよくわかったね。あんなもの、お互いが一緒にいたいのならば、立ち去らなければいいだけの話だよ。『雪女』もそうだ。人間に身を落として妻になりにきた雪女に『雪女に会った』という話をしてしまって別れるときも、ほかにどうとでもうまく誤摩化せるだろ、と思いながらやきもきしたね。昔話の読みかたを間違っているのかもしれない」


 「あなたらしい。
 夕鶴も雪女も、貴重なものが必ず失われることを体現したお話よね。見てはいけないものを男が見てしまったとき、本性を見られてしまった『恥』に耐えられなくて、女は去ってしまうのだと思うの。黄泉比良坂のお話なんて、明らかにそうよね。イザナミの系譜。『恥』に加えて、『本性』を見られてしまったからには、男がいままでとおなじようには自分を想ってくれないだろうことを女はわかっているのだろうし、だからきっと、自分から去らずにはいられないのではないかと、わたしは考えます。

 そんなふうに消えゆく美としての『去ってゆく女』の観念は、根深く日本人の美意識に刻みつけられているのを、わたしは感じる。けれど夕鶴も雪女も、本心ではきっと男の側にいたかったはずだから、あなたがその男の立場になることがあって、女の『本性』を見ても気持ちが変わらなかったら、上手に彼女たちを引きとめてあげて。わたしからのお願い」


 「『見るなの禁』。あれが女のひとの恥の感情が下敷きになっていたのだとしたら、それは納得がいく考えかただし、ぼくには理解できなかったのも頷ける。

 しかしこの類いの話のなかでも、もっともやるせないのが『雪女』で、愛が憎しみに反転したイザナミは、憤怒にまかせて男を食らってやるくらいの意気ごみで追いかけてくるし、夕鶴が去ってゆくのもまあ致しかたないとして、雪女だけは『自分のことを話したらいのちを奪う』という約束を果たさずに去ってゆくじゃないか。そこはいっそのこと殺されていた方が『雪女とは恐ろしいあやかしだね』と終わることができるのに。あまりにも残酷な仕打ちだ」

 
 「雪女が残酷? そんなふうに感じたことって、なかった。白いかなしみの衣をまとって去ってしまった女、男のまえから雪のように溶けて消えた女。その女の悲哀ばかりが、わたしには目について。でも取り残された男のことを思うとき、男が抱くかなしみは、自分から去っていった女以上のものがあるはずね、きっと。

 見るなのタブー。見てはいけないといわれればいわれるほどに、人間は見てしまわずにはいられない生き物なのに。『禁忌』とされているからこそ、それに手を染めてみたくてたまらず、見てはいけないものを、視てしまうのに。

 『見る』ことは真実を知ること。

 真実なんてものに価値があるのかはわからないけれど、知らないでいたほうが幸福なのだとしても、わたしなら知って不幸せなほうがいい。夕鶴も雪女も、知られたくないと願いながら、本心では男が自分の正体を知ることを願っていたのではないかしら。

 異類の女にかぎらず、女は好きな男のひとのまえでは天使にも女神にも物の怪にもなれる生き物なのかもしれないから、正体が見破られてただの人間の女だと知られてしまったときに、魔法は解けてしまうのかもしれない。魔法が解けたときにどうするのか、と昔話は語りかけているような気がするの」


 「たしかに、それが知らないほうが幸せでいられる類いの真実だったとしても、知ることができるなら知りたいと思ってしまうね。ただし知って後悔しないかと聞かれたら、それはおおいに未熟者のぼくのことだから、悶絶するほど後悔するに違いないことは、想像するにたやすいが」


 「夕鶴、雪女、イザナミ……。

 ねえ。突然だけど、なぜ浦島太郎が玉手箱などというものをお土産にもたされたのか、あなた、わかる?

 竜宮城の乙姫は助けた亀の化身らしいけれど、あれは正体を知られた女が自分から去るのではなく、男のほうから去ってゆく昔話のなかでも稀有な例ね。そしてここでも、《けっして開けてはいけない》箱、と見るなの禁が登場する。

 これはただのわたしの妄想だけど、浦島太郎はきっと、乙姫の正体が亀であることに気づいたの。太郎が地上に帰りたがったのは、故郷や家族への懐かしさより以前に、亀である女の夫にされそうになって怖気づいたことが理由で、それを知りながら乙姫は太郎の『ここからいっしょに逃げよう。逃げてあちらの世界で正式に結婚し、夫婦となってふたりで暮らそう』という言葉を待っていた。男がそういってさえくれたらこんなふうに応えたいと、密かに言葉を用意しながら。

 『気を遣ってくださってありがとう。でもわたしはここから離れては生きていけそうにありません。わたしのことはお気になさらないでください。ここにいても、わたしは楽しく暮らしていけますから』

 だけど男は当然のように自分ひとりで帰るつもりであることを隠そうともしなかったから、乙姫は悲しくて辛くて憎くて、玉手箱なんてものを用意したのだと思うの。開けてはいけない箱を男が絶対に開けてしまうことを了解したうえで、愛するひとにむけた彼女なりの復讐として。


 もちろん、こんなことは妄想。すべては想像力の戯れ」

 


 *『鶴の恩返し』
  『雪女』
  『浦島太郎』

 

 

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