爪痕

 

 

 あなたにとって、わたしが「無」ではないとしたら、それはとても嬉しいことです。人から見ても「無」そのものだったら、こうしてお手紙をかわしている意味もなくなってしまうでしょうし。

 

 べつに意味を求めてあなたとお話しているわけではないけれど、さすがに「無」のお相手をしていただくのは忍びないから。


 K、いまあなたがわたしにくれた言葉を胸のなかで反芻しています。

 

 「人がひとりいなくなったところでもちろん世界は変わらない。親しくしていたひとの人生だって、そのひとがいなくなったという事実をも大河のように飲みこんで滔々と流れてゆくだろう。ただ、それはあくまで先を見据えたときの話であって、そのひとがすでに他人につけてしまった爪痕は大河の中の瀞場のように、時には支流となって残るものだ」


 わたしがあなたにつけた爪痕。それは仔猫の戯れのようにたあいない傷でしょう。時間とともにいずれは消えてしまうような、そんな儚いもの。でもあなたがその明晰な言葉によってわたしの心臓にたてた爪は、強靭なライオンの爪なの。けっして消えることのない傷。

 

 仔猫はライオンを畏れ、憧れ、仰ぐばかりです。


 「ひとりの人間を掘り下げてみれば、きっと誰のなかにもそこにはどうしようもない《無》が広がっているはずで、そんなふうに本人からすれば何者でもない《自分》が、他人から見てはじめて姿を現す。人間とは面白いものだね」


 あなたの言葉はいつも、わたしの鎮静剤です。

 子守歌のように心地よく、この胸のなかに染みこむの。


 あなたはいいましたね。


 「ぼくは人の正体なんて、実はそんなふうに他人から見えている表面の部分で中身を探ろうとしてもどこへもたどりつけない、いわば玉葱みたいなものなんじゃないかとときどき思う」


 たまねぎ。それはどこにもたどりつけない迷宮に似て、どこにもたどりつけないことがわかっているのにたどりつきたいと望んでしまったとき、それが相手への強い関心に変わるのかもしれません。恋に似た関心に。


 「ぼくはわりと、ほんとうの自分というものに価値を見出していなくて、自分で自分のことをどんな人間だと思っていようがおもてに現れた人間性、人からこうだと思われている姿こそが自分自身なのだと考えているから、ぼく自身なんていうのは玉葱どころか卵の殻くらいの薄っぺらさしかなさそうだけどね」


 卵の殻。わたしもよく自分を卵にたとえてました。 

 

 どこにも罅のないすべすべとした卵になりたいなんて考えていて、みんなわたしの殻に触れて、それが割れそうもないことがわかると、安心して接してくれるみたい。

 

 そんなことを思っていました。

 

 この「殻」の部分で他人とつきあうこと、相手が自分に興味を抱いていてわたしも親しくなりたいときは「白身」でまじわること、あるかどうかもわからない「黄身」のことは考えないこと。とよく自分にむけていったものです。


 こんなわたしの戯言も、あなたにつける「爪痕」のひとつになるでしょうか?

 

 

 (Kに宛てたいつかの手紙の断片から、21)