琥珀に閉じこめた孤独

 

 真夜中。彼女は天鵞絨の闇にただひとり目覚めて、金色の目をした梟みたいに虚空を見つめている。

 

 まるで目のまえで口を開けた死の顎を凝視するように、琥珀に閉じこめられた昆虫のごとく静止しながら。やがて睫毛を伏せる。そこからさまざまに広がる幻影。

 

 エメラルドの豊潤な森。ダイヤモンドの白銀の雪。

 涼しい緑色の息をこぼして、冷たく白い息を吐き。

 

 そして暗転。

 

 夢は夜に侵蝕される。切断された永遠。埋葬された真昼。死が彼女を呑みこんだ。生を琥珀に閉じこめた。彼女という世界の孤児を生贄として、夜は呼吸し甘い吐息を落とす。

 

 左川ちかの詩を読むと、そんな妄想で頭をいっぱいにしてしまう。

 「彼女」とはもちろん、左川ちかそのひとのことだ。

 

 彼女はその吐息さえ緑色をしていたのではないかと思うほどに「みどり」という色に囚われ、憑かれたひとだ。それはなぜかといえば、彼女が病に囚われ、憑かれていたことに起因する。彼女の詩のなかにあふれる過剰な緑は、すなわち生命の過剰であり、それに押しつぶされそうになるという特異な感覚を読み手は味わうことになる。

 

 おそらく彼女にとって、詩は死を遠ざけるためのまじないのようなものだったのだ、といったらどこからかお叱りを受けるかもしれない。でも、わたしにはそんなふうに感じられてならない。

 

 傲慢なことをいえば彼女の気持ちが、わたしにはわかるように感じられる。それはひどく漠然とした理解だけれども。

 

 わたしもからだの弱い子どもだった。入退院を繰り返し、病院の窓の外ばかり見ていた。けっして触れることのできない緑。わたしには届くことのない光。そんな日々を過ごしているあいだに、世界と自分との関係は狂ってしまったことを知った。もう二度と正常には戻らないだろうと思った。

 

 そんな気持ちが、理解できる。

 

 左川ちかというひとは、わたしの想像のなかで夜のような暗黒のドレスを身に纏っている。夜、彼女は生きることに祈りを捧げるように目を醒まし、詩を綴りはじめる。それはまじないだ。今宵も自分が生きていることを確認するための儀式。

 

 眼鏡をかけた硝子越しの鋭敏な視線は、故障しやすいおのれのからだを見張っている技師のように、どんなちいさな異変も見逃しはしない。そして華奢な手には琥珀の指輪がおさまっているのだ。その宝石のなかに生も孤独も閉じこめて、薄められた死を呼吸する思いで、彼女は目を閉じる。朝がくる。光り輝く太陽の下には、世界の孤児たる自分の居場所はない。

 

 この感覚があまりにも理解できるから、彼女の詩をかなしく思う。いとしく思う。

 

 左川ちかの詩集がもっと多くのひとに親しまれる日がくることを、わたしは願ってやみません。

 

 

 *左川ちか『新版 左川ちか全詩集』 森開社

 

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