オッド博士の美少女図鑑/スパンアートギャラリー

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 オッド博士とは何者なのでしょう。

 

 かれは白衣を纏い、なにかを制作されているようです。

 かれはいつも、美しい少女たちに囲まれて微笑んでいます。

 

 けれども、なぜでしょう。かれのシニカルな唇はやさしげに綻んでいるにもかかわらず、眼鏡の奥のその目は妖しく光り、自らが拵えた「作品」を隈なく確認する芸術家のごとき冷徹な眼差しが潜んでいるような気がしてなりません。永遠に枯れることのない花の標本のような少女たちは、それに気づいているのでしょうか。おそらく答えはNOです。彼女たちの博士への信頼は絶対なのですから。

 

 とにかく彼女たちはあまりにも無垢で、生まれたばかりの雛鳥みたいに博士をあおぎ、そしてどこかつくりものですらあるような黄金律も真っ青の完璧な笑いを花びらの唇に刻んでいさえすればいいのです。そうしていればたぶん、すべての疑問符は博士が解決し処理してくれることでしょう。

 

 少女たちにとって博士とは、天という果てしなく高い場所から手を差しのべてくれるひと。空を見あげるように仰がずにはいられないひと。――ねえ、博士。きっとあなたは神さまなんでしょう?

 

 少女たちの誰かがそんなことを問いかけても、博士は薄い膜のような微笑を浮かべ、かれの閉じあわせた唇は肯定も否定もしない。その笑いのなかに潜められた囁きを、秘められた謎を、いつか彼女たちの誰かが解読するでしょう。博士はそれを待っているのかもしれません。その少女こそが、胡散臭くて贋物めいた人工的な美を超越して、おそらくほんとうの《少女》となりえる器なのだと、博士は知っています。

 

 あるいはそんな日がけっして巡ってこなくても、それならそれでかまわない。

 

 そのときはこの温室のごとき空間で、丹念に育てて咲いた花々を眺めながら、彼女たちと琥珀色の液体をとびきりのティーカップに浮かべるお茶会でもして「なんでもない日、乾杯!」と誇らかに宣言しようじゃないか。それはそれで愉しいだろう。罪とは穢れの知らぬこと。この温室は罪の愉楽に満ちているね。

 

 ――だから、とぼくは思うのさ。

 

 いつか雷のような罰にうたれて、ぼくの箱庭は驕りのために神の不興をこうむった《塔》のように崩壊するだろうとね。美しいじゃないか。あらゆるものが絶頂に達したその瞬間に電撃をうけて破滅すること。

 

 さて。その罰はどんな味がするんだろうね。きみがかわいい口のなかに頬張っているキャンディの味かもしれない。そうだといいね。

 

 

 スパンアートギャラリーで開催中の『オッド博士の美少女図鑑』の展示を眺めながら、わたしの頭のなかにはこんな物語が鳥の巣のように棲みついてしまいました。

 

 黒木こずえさん、最合のぼるさん、 Dollhouse Noahさんの共同開催であるこの展覧会に足を一歩踏み入れた瞬間から、あなたは博士の研究室のなかに迷いこむことになります。訪ったのは初日だったので、おそらくお三方とも展示場に揃っていらっしゃったと思うのですが、示しあわせたように黒いお洋服を身に纏い、お茶会をしている彼女たちの歓談を邪魔することは躊躇われて、ご挨拶もせずに「研究室」の闖入者となった無礼者のわたしを、どうぞおゆるしください。

 

 余談ですが、作品を彩る黒薔薇の額縁がほんとうに素晴らしくこの世界観をあらわしていて、博士と美少女たちの異常で正常な日常を美しい窓から覗いているような、そんな甘美な後ろめたさすら感じられました。

 

 もうひとつの余談、あるいは蛇の足として、このたびの展覧会の「花」を制作された黒木さんと最合さんの共同著書、『真夜中の仕立屋 夢を拾う小さな者』に以前わたしが綴った感想を、この文章の最後に。

 

 

  真夜中の仕立屋 夢を拾う小さな者/文・最合のぼる 絵・黒木こずゑ/揺卵洋品店

 少女のころの夢。たったひとつだけ叶うなら、なにをお願いする? 叶えたかった、叶わなかった、叶えられなかったその夢を、このひと夜、あなたのもとにお運びします。硝子の靴がほしい? お菓子の家に住みたい? それとも泡になることのない人魚のさいわいを、あなたは夢みるのでしょうか? どんなことでもおおせください。叶えられない夢などないのです。この宵に酔って、たったひと夜のしあわせな夢を。おやすみなさい。目を閉じればあなたはあのころに還れます。あのころには選ばなかった未来に飛翔するのです。そしてそのまま、二度と目覚めない眠りのなかへ。

 

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真夜中の仕立て屋(夢を拾う小さな者)黒木こずゑ × 最合のぼる