蝶々とリボンⅡ/点滴堂

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  少女が長い髪に結わえたリボン。

 

 あれはほんとうは、蝶々なのではないかしら。そんなふうに思ったことがある。

 少女、という生き物は自分がまだ何者であるかも知らないうちに摘みとられる花のように儚くて、それゆえに美しく痛ましい。

 

 彼女たちは、まるで硝子だ。それが砕けたとき、みじかい季節は終わる。

 甘く微睡んだ眠りから、このうつつに目覚める。

 

 少女たるものはかならず一度は死に、女に生まれ変わる。

 夢という花が散り、繭をぬぎすて、記憶の棺にかつての自分の亡骸をおさめたとき、現実がはじまる。

 

 少女が髪に結わえたリボンは蝶に見える。

 

 やがて訪れる死が避けられないなら、この《蝶》の翅が目のまえの世界からわたしを連れだしてくれたらいいのに。

 

 ここではないどこかへ。

 

 リボンにはそんな願いが託されているのかもしれない。

 

 ――これは以前、わたしが花霞堂さんの書かれた『爪先に、結んだリボンをひっかける』というご本へ捧げた感想です。この本の帯には贅沢なリボンの刻印がほどこされていて、そこには「矜持のない小娘なんて、いっそ息絶えてしまったほうが、ずっといい。」という言葉が綴られてありました。それを目にしたとき、わたしはこの本を読まなければいけないという衝動に突き動かされたことを覚えています。

 

 わたしはこのご本が販売されている場所のひとつとして点滴堂というブックカフェを知り、あの白いお部屋のアリスの図書館みたいな空間と出逢うまえの自分がどんな人間だったのか、少しずつ忘れてしまっているような気がします。それくらいにあのお店は、わたしに点滴という《お薬》を処方してくださる大切な場所なのです。

 

 このたびの『蝶々とリボン』の展示を拝見しながら、わたしは花霞堂さんのご本を想いだしていました。女の子の髪に結ばれたリボンは蝶々で、それはここではないどこかへ羽ばたくことを祈る彼女たちの天を翔けることへの夢がたくされている。

 

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 お店のいたるところに蝶々が飛んでいました。

 

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 そして書物のなかにも。

  

 

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 今井キラ――「白蝶座」

 

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 今井キラ――「プシュケのように」

 

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 今年からはじめられた夏季限定のアイスティー。いつもはカフェオレのわたし(これもとってもおいしいのです)なのですが、夏とお別れするようにしてお紅茶とお別れをしてまいりました。来年の夏も、また逢えますように。

 

 

 点滴堂という場所はわたしにとって、夜の海のむこうに見える灯台あかりのような魔法です。

 

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