乙女の散策/安楽

 

 

 距離に隔てられているがために、容易にお逢いすることの叶わない銀木犀のあの子が新幹線で遊びにきてくれたのをいいことに、あちらにこちらにと引っ張りまわしたわたしにむかって、そのたびに銀木犀はおのれのバイブルとしている大好きな嶽本野ばらさんのお名前を会話のなかに登場させ、「まるであの小説のなかにいるみたい」と嬉しそうに微笑んでいました。

 

 銀木犀との二日間におよぶ散策でしたが、落ち合ったその足で最初に訪れたのは安楽さんという中華料理屋さんでした。乙女の秘密基地であるところのブックカフェである点滴堂のちょうど真裏にあるその場所は、三鷹でもおいしいと有名どころの飲食店なのですが、点滴堂にかよう乙女たちのあいだでは「薔薇トマト」という乙女の秘密の裏メニューをだしてくださることでもよく知られています。銀木犀にそのお話をすると、あの子は絶対にそのお店に足を運んでみたいと意志のある口調でいいました。

 

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 そんなふうにして足を運んだ念願の安楽さんで、わたしたちのまえに登場した薔薇トマトの芸術的な美しさに、銀木犀はしばらくまばたきすることも忘れて、感激に堪えないというお顔で花びらの渦のなかを見つめていました。

 

 「これを崩してしまうのは、なんだか砂の城を壊してしまうみたいな残酷さがあるわね」とわたしがいうと、あの子はやっぱり花びらの渦のなかを眺めながら「ええ。でも完全に美しいものほど壊してみたいという悪趣味な衝動がわたしにはあります」といいました。

 

 わたしたちは一輪の薔薇の花びらを、いちまいずつ交互に剥がしてゆく遊びをはじめました。お皿をメリーゴーランドのようにくるくると回転させるたび、すこしずつちいさくなってゆく薔薇の美しい花びらをお箸で慎重に摘んでゆく遊びです。「まるでジェンガでもしているみたいね」とわたしがいうと、あの子は声をたてて笑う。そうして蕾ほどのおおきさになった薔薇が、もうこれ以上縮小する余地がないことを確認すると、あの子はそれを名残り惜し気に見つめ、そしてゆっくりとその「蕾」を飲みこみました。まるで薔薇喰い姫みたいに。

 

 遊んでばかりいるわたしたちの、しかしその遊戯はとても真剣なものです。遊びをやめるのは生きていることをやめることなのですから。だからわたしたちは二日間、遊んでばかりいました。ジェットコースターみたいにめまぐるしく移ろってゆく時間を瞳に灼きつけながら。

 

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 銀木犀がわたしのために乙女屋さんでお迎えしてくれていた兎のクリップと、わたしが訪いたくても距離の関係で足を運ぶことが叶わなかった展覧会で選んでくれていた蔵書票。

 

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 銀木犀と訪った場所のひとつ、霧とリボンさんであの子が購った指輪が、わたしがやっぱりそのむかしにあの菫色の小部屋でお迎えした指輪とおそろいみたいだったので、わたしたちの紋章とすることにしました。また距離にはばまれてお逢いするのもなかなかにむつかしいのだけど、この紋章がわたしたちのなかに美しく乙女的なもうひとつの世界に――夢にあるお城へといざなってくれ、そこでわたしたちはきっといつでもお逢いすることができるでしょう。