季節

 


 わたしは冬生まれだからなのか、たぶん冬にこそ自分のすべてがあると思ってしまうので、黒々と磨きあげられた冬の夜の空に残酷な目のように輝いている月も、心臓まで凍らせてしまうような雪女の息みたいな風も、いつのまにか降ってどこにともなく消える風花も、みんなわたしのものなのだけれど、だからこそ夏に焦がれてしまうの。

 

 夏には自分にないものがあるように思えてしまうのね、きっと。


 夏という季節のなかで、よく陽に灼けて全身が褐色に光っているようなひとのことを、わたしは眩しく思うのです。

 

 そのひとたちを眩しくさせているのはたぶん海や太陽で、伝説的な巨獣のように腹を波うたせている青い水面が鱗みたいに輝くのを目にしたとき、わたしはその水平線のなかに、この季節の甘やかな残酷さを見るのです。世界に光の粉となって降りそそぐ陽射しが魔術的な意味あいを帯びて飛散する夏。

 

 そこには、ひどく儚い永遠があるような気がしませんか?

 

 もちろん、この「夏」とは現実の夏ではない。それは頭のなかに塔を築いた観念の、石筍のような記憶のかなたの季節なのです。

 

 そこではこめかみをつたう汗も、真綿みたいに全身を締めつけてくる熱気も、あらゆるものを隈なく照らして樹に繁る葉の一枚ずつにⅩ線をかけ、その白い骨を浮き彫りにする陽光も、すべては美しいものとして変換される。わたしの脳のなかで。

 

 その美しさは、たとえば夏祭りの夜のうつくしさです。

 

 祭りの宵の幻想的な妖しさが、あなたは好きだといいましたね。わたしもです。提灯、風鈴の音、金魚に綿飴。お囃子が聴こえてくるあの夜、あの一角、この世ではない場所への扉が開きます。人波に身をまかせてすすんでゆくと、どこかに連れ去られてしまいそうで、むやみにわくわくして胸が逸る。

 

 夏という季節は、そんなわたしの心を鏡のように映しだした暗黒の空に打ちあがる、大きな花火のようなものではないでしょうか。

 

 一瞬だけ天に高く舞いあがり、輝く火花を散らして、とこしえに去る。泡沫の恋のように。けれどもそのひと夜の一瞬は、消えない疵みたいに記憶のなかに刻まれるのです。わたしが想いだせなくなったとしても。

 

 美しい夏。それは永遠なんてどこにもないこの現実から離れて、わたしの頭のなかだけに存在する、敵意のような太陽の光線さえ甘い蜜に溶かしてしまう季節なのです。

 

 いうまでもないことですが、わたしは現実の夏ではなく、この観念の夏を愛しているの。

 

 

 (Kに宛てたいつかの手紙の断片から、17)