夢の縁取り 叶える彩り/文房堂GalleryCafe

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 みきぐちさんの描かれる絵をどうしてもこの目で見たくて、神保町の文房堂GalleryCafeでひらかれている個展、『夢の縁取り 叶える彩り』へと訪ったわたしは、どれもそれぞれに素晴らしい花と少女たちの絵のなかを巡りながら、ある一枚の画のまえで立ちどまった。

 

 目を閉じた少女の見る夢は、彼女だけが棲む花の星に違いない。貝殻のような白い瞼を伏せたさきにある世界は、黄金の蜜の部屋のなかで約束された甘い眠り。何者も彼女の花の夢を侵すことはできない。

 

 そんな純白の真綿で包まれたやさしさのなかに、なぜだろう。油断するとその真綿で心臓が締めつけられ、二度と彼女の目は目覚めないのではないかと思わせる、そんな不穏な気配が感じられた。あまりにもその世界が美しく懐かしいから、彼女の眠りが深くなるごとに落ちる影の色が濃くなって、やがてその影にからだを奪われてしまいかねないような、そんな少女時代の危うさと妖しさが、信じがたいほど清らかに描かれている。そんな気がした。

 

 よく見ると瞳を閉じた少女の華奢な腕には、毛細血管のかわりに植物の葉脈の碧が透けて見える。自分が何者かも知らぬうちに、いつの間にか誰かに摘みとられ、蛹が腐ってしまうまえに羽化しなければと急くように奇跡のような季節を翔けてゆく少女という生き物は、花の精みたいだとわたしはつねづね思っている。

 

 植物のような彼女たちは、いつか美しく開くため肢体に樹液をめぐらせている。

 

 桜貝の色をした爪の形が花びらに象られ光り輝く色をしているのが、そのあかし。

 彼女は駆ける。裸足のあしを花の雫に濡らして芳しい薔薇の朝露を掬うように。まるで軽やかな妖精みたいにそのまま空まで翔けていくことさえ叶わぬ望みでなかった、いつかのあの日。

 彼女たちの背にたしかにあったはずの翅は愛という名の重みで、羽ばたくことをやめる。

 

 赤よりも紅い唇を奪う者が蕾を散らし薔薇の血を流したとき、女となる。

 花になるまえに毟られて、恋するひとの瞳こそ彼女たちの棲む星となる。

 

 彼女は髪をのばす。あのひとの首に巻きつくために。

 彼女は腕をのばす。永遠に離れないために。

 

 もう妖精はいない。この感情を知ってしまったから。

 

 彼女は爪をのばす。あのひとの肌を傷つけるために。

 あのひとの皮膚に跡を残すために。

 

 あの愛らしかった花びらは猫のように鋭く尖り、爪のさきまで女になったそのあかしを暴いてしまう。

 

 しかしこの絵のなかで目を閉じた少女はやさしくおそろしい繭の世界で、《愛》という異物から守られている。彼女にむかって伸ばされる手も、彼女の眠りを妨げはしない。まだそのときではないのだ。

 

 ああ、けれども。

 

 いつその指が針となってシャボン玉みたいに虹色に光るこの泡のような球体の星を、壊してしまうのだろう。愛しい星が脆くも崩れ去ったとき、その透明な破片を浴びて彼女は生涯消えない傷を負い、その衝撃のために目覚めるのだろうか。

 

 そう考えると切なくて、わたしは密やかにため息をこぼした。それが花の香りのする吐息だったらどんなにいいだろうと、そんなことを思いながら。

 

 

 

 

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