クリームソーダには謎がある

f:id:tukinoyume:20170917055810j:plain

 

 

 クリームソーダは謎に満ちている。その謎を解き明かすことが世界の秘密のひとつを知ることと同義語となりえるかもしれないと、そんなことを漠然と感じさせるようなどこかいかがわしい甘美のにおいのする飲み物だと、あのメロンソーダだと主張しながらちっともメロンの味がしない緑色に着色された飲み物のうえにフロートをのせ、マラスキーノ・チェリーなるさくらんぼの砂糖漬けを飾って完成されるそれに対して、なぜだか郷愁にも似た子供時代の懐かしさと同時に、正体のつかめぬ者に対する疑いのごとき妖しさを感じるのは、わたしだけではないらしい。

 

 片岡義男の『東京のクリームソーダ』は、くだんの飲み物をかの明智小五郎の好物だと仮定して、名探偵が愛したその謎を追いかけながら東京という街のあちこちに出没するクリームソーダという「容疑者」を追跡している書物で、その頁をひらけば飛びこんでくる写真と文章に、よく見知ったはずの友が不意に浮かべた一瞬の表情のなかに自分と相手とのあいだに横たわる彼岸の惑いを感じるような、目に映るものの膜の色が変わったような、不思議にうつつから乖離する写真を眺めていると、《現実》という薄い皮を一枚剥いだところにある、そんな虚構のなかにつれてゆかれるのだ。

 

 「あなたの見ている景色のすべては架空です。クリームソーダが好物かもしれない明智小五郎が架空のひとであるように。そしてかれはたしかに架空ですが、生きています。架空こそが現実となる現実があるとき、あなたはほんとうに生きているのでしょうか? それをあなた自身で証明することができますか」

 

 まるでそんなふうに囁かれているみたいだ。

 

 偽りは夢。そしてクリームソーダは偽りの色に彩られた夢の飲み物。だから惹かれてやまず、その偽りのなかの一滴の真実を暴いてみたいと思ってしまう。もっとも《真実》なんて言葉はクリームソーダのごとき甘い虚構に満ちた言葉ではあるけれど。

 

 

 *片岡義男『東京のクリームソーダ』 光琳社出版

 

東京のクリームソーダ

東京のクリームソーダ