鬼灯の神秘の骨から

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 鬼灯を水に浸して腐食させると、葉脈だけが残ってアラベスクのような美しい模様が浮き彫りになります。これは毎年この時期の、わたしの遊びのひとつ。夏の宵を幻想的に揺らしてくれる鬼灯は、その葉脈まで神秘の姿をしている。わたしもそうありたいなんて、思ったりする。

 

 うつくしいひとは、その骨まで優美なのでしょうか。

 

 たとえば小野小町がそのいのち果てたあと成仏しきれず、肉体を失っても永久に生きつづける暗黒星雲みたいな悪夢にとり憑かれ、髑髏となり、秋の風が吹くなか目から生えたすすきが痛くて、もう眼球もないのにあふれる涙の塩辛い海で溺れ死ぬ思いをして、《秋風のふくにつけてもあなめあなめをのこはいはしすゝき生けり 》と彼女が訴える歌が木枯らしとなって人々を震えあがらせている。そんな怪異が伝承になったりしています。

 

 このお話は小町の晩年にまつわる悲哀として語り継がれているけれども、わたしはそれを小町の悲哀として考えたことはない。美しい女に対する妬みや嫉みから、美しからざる者たちがつくったのかもしれない伝承のもっともうつくしい箇所は、人々の欲望によって貶めずにはいられないほど彼女が神々しいひとであったことを確信させるだけだ。その容貌や歌や、そういったものを越えて生来の美をもっていたひとなのだと。きっと骨まで優美なひとだったに違いないと。

 

 もし小町が成仏できずに髑髏だけの姿となってしまったという伝承がほんとうだとしたら、そんな彼女の骨を蹂躙するほどすすきが無粋な植物だとは、わたしには信じられません。あの風にゆれている銀色の穂はどこか月の懐かしさに似て、繊細なやさしさに満ちていますもの。小町のナイトメアのなかで闇夜に彼女の虚無そのものであるかのごとき瞼の奥から咲くのはきっと、この世のものとは思えないほどに妖しく麗しい花なのではないかと、わたしは感じる。彼女の視てきたすべてのものを吸いあげて花開くそれが、美しくないはずはない。水晶のようにほの青く冷たく、焔のようにさやかに赤く燃えて、光るはずの。

 

 鬼灯の骨のその神秘的な模様を眺めながら、そんなことを考えるのです。