乙女ミステリ

 


 金木犀が郷愁をさそい、その香りが遺伝子に組みこまれた記憶、存在していない過去をたちのぼらせるとき、秋が巡ってくる。

 

 秋は毎年、推理小説宮沢賢治を読むと決めています。

 ミステリは嗜好品。煙草やお菓子やアルコールとおなじ。読み終えたらゼロへと還る儚いもの。精神の運動にはなっても、栄養にはならない。その後ろめたさが、秋によく似合う。賢治の宝石のような言葉もまた、透きとおるこの季節に相応しく思うのです。


 さて、乙女ミステリのお話です。

 

 ミステリマガジン2014年4月で特集された記述によると、乙女ミステリとは、お茶を傍らに装飾と空想ときまぐれに彩られた文章を読みながら、登場するお洋服やお菓子や美しい部屋といったディテールに胸をときめかせて、相手(犯人や探偵)の考えていることを知りたくてページを繰らずにはいられない、それを読むことが恋する気持ちに似ているような、そんなミステリを指すのだそうです。

 

 たとえばアントニイ・バークリーの『毒入りチョコレート事件』やシャーリイ・ジャクスンの『ずっとお城で暮らしている』、マーガレット・ミラーの『狙った獣』、セバスチャン・ジャプリゾの『シンデレラの罠』、デュ・モーリアの『レベッカ』などがその定義に当てはまるらしく、それらの小説はみんな大好きですが、しかし「乙女ミステリ」と聞いたとき、わたしの頭にまっさきに浮かんできたのは『あしながおじさん』でした。

 

 

 『あしながおじさん』にはユーモアもお洒落も妄想も、夏休みの思い出も淡い恋も少女の成長も、そして謎と真実も、「乙女ミステリ」に必要な条件としてあげられていた、すべてがあるから。


 小学生のときに読みたい三大少女文学は『若草物語』、『赤毛のアン』、『あしながおじさん』なのだそうで、わたしはどの作品も好きだからいちばんは選べないと永らく思っていたのだけど、強いていうなら『あしながおじさん』派なのだと、そのときに気づきました。わたしのミステリ好きも案外そんなところからはじまっているのかもしれません。

 

 だからミステリマガジンのなかで「乙女ミステリ」のひとつとして『あしながおじさん』をあげている方を発見したときには、自分の同族を発見してしまったように我が意を得たり、の気持ちでした。


 乙女ミステリが乙女ミステリたりえるには、たぶん文体の美しさが第一条件なのだと思います。トリックも重要だけれど、なによりも重視されるのは「美しさ」、そして「儚さ」。


 おなじくミステリマガジンの「乙女ミステリのススメ」の特集に書いてあったことだけれども、乙女ミステリとは、つかみが「ファンシー」であること、最高のロケーションを選ぶこと、優れたロマンスであること、女たちの関係が物語を動かすこと、少女の成長物語であること、ユーモアのセンスがあること、妄想が勝利をおさめること、最大の謎は「わたし」であること、とありました。

 

 それを踏まえたうえで、「乙女ミステリ」という言葉からわたしが想起する推理小説は、シェリイ・スミスの『午後の死』です。あの繊細な紗がかかったような、優雅で美しい空間を築いた書物をはじめて読んだときの感覚が忘れられないから。あのときわたしはたしかに「乙女」だったのだと感じられるから。

 

 日本の作品では恩田陸の『蛇行する川のほとり』が乙女ミステリだと思う。少年少女のひと夏の記憶。「わたしたちの愛について、わたしたちの死について」語られる過去という昔話。優雅でデリケートで脆い、少女の季節。

 

 ほかにも木々高太郎の『わが女学生時代の罪』だとか、皆川博子の『倒立する塔の殺人』とか、題名に想いを馳せるだけでときめきます。少女たちの《罪》と甘い《毒》。コミックだけれど、岩館真理子の『アリスにお願い』も、あきらかに乙女ミステリ。ほんとうに大好きです。

 

 

 

 

毒入りチョコレート事件【新版】 (創元推理文庫)

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ずっとお城で暮らしてる (創元推理文庫)

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狙った獣 (創元推理文庫)

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シンデレラの罠【新訳版】 (創元推理文庫)

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レベッカ (上巻) (新潮文庫)

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レベッカ (下巻) (新潮文庫)

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あしながおじさん (新潮文庫)

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蛇行する川のほとり (中公文庫)

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日本探偵小説全集〈7〉木々高太郎集 (創元推理文庫)

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倒立する塔の殺人 (PHP文芸文庫)

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倒立する塔の殺人 (ミステリーYA!)

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アリスにお願い (YOUNG YOU特別企画文庫)

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