少女

 

 

 わたし、紫陽花が好きです。花のなかでいちばん好き。

 

 紫陽花の季節のたびに葛原妙子という歌人の「美しき球の透視をゆめむべくあぢさゐの花あまた咲きたり」という短歌が頭から離れなくて、それを数ある自分の呪文のひとつとしているという、そんなわたしです。

 

 あの花は枯れても美しく鑑賞できる唯一の花、そして遠くにいるひとを想う花でもあるとわたしが勝手に考えているのは、あのシーボルトとお滝さんの「伝説」が、わたしの頭のなかにちいさなころから棲みついているためでしょうか。

 

 そんなことを説明すると、紫陽花の花言葉をわざわざ教えてくださる方がいて、紫陽花には高慢、移り気な方、貴女は冷淡です、乙女の夢、などという意味があるのだそうです、などとわたしのあの花への憧れのようなものに水をさすようなご指摘をしてくださいました。


 だからわたし、こういったの。


 「あの花が少女だとしたら、美しくて傲慢で冷たくて、ふたつの相反する心を持っていて、どちらがほんとうの自分なのか自分でもわからなくて、それに苦しみながら、おもてにはいっさい表すことなく、内面で叶わない夢を育んでいる乙女、ということになりますね。おともだちになりたいと思ってしまうわたしは、どこかおかしいんでしょうか?」


 そんな馬鹿なことをまくしたてたら、相手は呆れて黙りこんでしまいました。

 

 そしてね、その戯言のなかには、まぎれもないわたしの本心が潜伏していることに、いい終えてから気づいたの。わたしが「少女」という観念に憑かれていることは、K、あなたもご承知のことだと思うけれど、わたしが魅せられているのは紫陽花のような少女だ、なりたかったのはあの花みたいな少女だったのだ、ということを知ったの。


 紫陽花は秘密を隠している花。たくさんの花びらでひとつの惑星をつくって、そのなかを覗かせてみせるようなことは、けっしてしない。だからひとは「彼女」のことを知りたいと、その心を望んでしまう。あの花はふたつの顔をもつ少女の「心臓」なの。

 

 いま、相変わらずふざけたことばかり口走る女だと肩を竦めたでしょう? わたしにはすべてお見通しです。


 ところで紫陽花の花言葉は総称が「高慢」、青が「移り気な方」、空色が「貴女は冷淡です」で桃色が「乙女の夢」だと、その方がご丁寧に教えてくださったのだけど、そういえば紫と白がないなと気になって調べてみたら、紫には「無垢な女」、白には「寛容」という意味があるのだそうです。いまさらだけど、花言葉を教えてくださったひとは、わたしという人間に無垢と寛容さがないといいたかったのかしら? そのとおりだけれど、それならそうとはっきりいってくださればよかったのにね。

 

 

 

 (Kに宛てたいつかの手紙の断片から、13)