《sleeping》――乙女の眠り

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 先日訪った草舟あんとす号さんで開催されたyukaneさんの個展、『繭の森・1」でお迎えした絵画がわたしのもとにやってきてくれました。包装をひらくとまるで繭の森からの贈り物のようにちいさなお花が出現して、その花を掌のひらに置きながら、わたしはしばらく眺めていた。息を吹きかけた瞬間にばらばらになってしまいそうな繊細な花、それはきっと乙女が森で見つけ、その透明な両手で大切にくるんでいたに違いない花だ、と思った。

 

 乙女とはわたしにとって、画家のyukaneさんのことでもあるし、草舟あんとす号のご店主のことでもある。そしてもちろん、この絵のなかで睫毛を伏せている彼女のことでも。

 

 《sleeping》という題名のとおり、乙女は微睡みのなかにいる。彼女を背にのせた聖なる生き物は、彼女のうつくしい眠りを守護するためにかたときも離れずかたわらにいる。わたしがなにより惹かれたのは、森の樹とかの獣の角が白く黒くかさなるそのコントラストだ。こまやかに《枝》をのばしたそれは、乙女の心にかよいめぐる神経のようではないか。おそらく乙女は何者をも受け入れる心の柔らかさと、だから何者をも拒む心の頑なさをもっているひとなのだと、その《枝》を見ながらわたしは感じた。そして空に浮かぶ新月と満月は、彼女の眠りのなかで神聖な荘厳さと暗黒の残酷さがまざりあいとけあう夢を象徴しているように感じられたのだ。

 

 この白と黒の対比について、この絵を描かれた《乙女》にもっとくわしい話をお聞きすればよかったと悔やむのと同時に、おのれのなかに湧いた感情を大事にしたいとも思う。たくさんの絵のなかで、磁石に引き寄せられるように、なぜだかこの画のまえから離れられなかった理由に説明なんてできない。ただ無性に惹かれたのだ。

 

 この月が満ち欠けする美しい時間のなかで微睡む乙女に。

 

 彼女が乙女でなくなるとき、それは彼女が眠りから醒めるときで、そのとき聖なる獣は彼女のまえから姿を消す。裸足で自由に森をかけまわる夢をみていた彼女は、窮屈な靴をはくようになり現実へとなじんでゆくだろう。けれどもその心にはいつまでも隠された《森》があり、彼女は永遠に《乙女》のままだ。わたしはそう祈りたい。