燃える花たちの恋

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 志田良枝さんのお花と蛇さんをもとめてJCA ART展2017へ訪ってまいりました。

 

 「赤い糸」と名づけられたその絵は、二輪の薔薇が柱に縛りつけられ、火刑に処せられている。いったいなぜ? なんの罪で? それはたぶん、現世の縁によって結ばれた恋だけでは満足できず相手の来世をも望み、約束という鎖と薔薇のもつ甘美な棘でお互いを刺し、手錠をかけてしまったことへの咎なのではないかしら。

 

 そんなこと、天がゆるさない。

 

 もし来世をもと望むならば、現世の縁は悲恋という焔に灼かれなければならない。だからこの恋人たちは神に背いた恋のために死に、生まれ変わってまた巡りあうのだろう。それが天という名の神(という存在がもしいるとするならば)の恩寵なのだ、と受けとることもできる。

 

 そんなふうに妄想の綿飴をふくらませて考えていると、なんだかこの恋人たちが楽園を追放されたあのアダムとエヴァに見えてくるから不思議だ。相手に「手錠」をかけたのはどちらだろうとわたしは一瞬だけ思考に沈み、しかしすぐに浮上した。この薔薇がアダムとエヴァならば、手錠という《罠》で永劫をもとめたのはエヴァに決まっている。黄金の林檎を齧ることを男に唆し、守られた繭である楽園をでて、ふたりだけの世界へと羽ばたいていくことを選んだ、あの勇敢な女性。

 

 もっとも、最初にこの絵を見たとき、わたしはエヴァとはまったく異なるひとのことを考えていた。ジャンヌ・ダルクという乙女のことを。

 

 「まるでジャンヌのようですね……」

 

 『赤い糸』を眺めながら、わたしはそう画家にむかって囁いた。

 

 火刑に処せられた彼女は、いったい誰と赤い糸で結ばれているのだろうとそんなことを考えながら、燃える薔薇のなかに儚くいのちを散らした乙女の似姿を視た。思えば奇妙なことだ。神に背いた女と神に従った女が、わたしの目のなかでひとつに重なり、そこにいるのはおのれの信念のために《死》んだ女たちだった。

 

 エヴァは楽園を追放されることで一度死に、人間の女になった。

 オルレアンの乙女だったジャンヌ・ダルクは死に、聖女となった。

 

 まるでお互いの人生をさかさまに歩いているふたりがすれ違った瞬間に発火して、そしてどこまでも燃えさかる薔薇になる。そんなとりとめのないことを考えながら、わたしはずっと薔薇を見ていた。観ていた。視ていた。痛ましく切なく、そして美しかった。

 

 

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 作品集も見せていただきました。この「甘い夢」の妖しさがたまらなく魅惑的で、ぜひいつかこの目にこの絵を映してみたい。そんな衝動に駆られました。

 

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 お名刺もいただく。個人的なお話ですが、志田良枝さんがこの白詰草の蛇さんの絵をお気に入っていらっしゃることを感知していたので、きょうは白詰草のシュシュをしていったのです。えっへん!