数学

 

 


 K、どこまでも理数系で構造されている自分の脳のことを指して「繊細さが足りない」のだと嘆くあなた。つぎに生まれ変わったら文系の脳をもつことがささやかな望みなのだと打ち明けてくれたあなた。

 そしてわたしの見ている世界とおなじ視線であらゆるものを捉えてみたい、言葉ではなくその余韻でわかりあえる関係、音楽でいうと休符みたいな人間関係を築いてみたい、というあなたの希望を聞いたとき、わたしのほうこそおなじことがいえるわ、と頑強にいいはってしまいました。


 わたしのほうこそ、人間もアミノ酸に分解して見てしまうような、あなたのようなひとに憧れるのです。

 

  小娘のころに文学少女といわれるのが嫌なばかりに、本に対してほとんど口をつぐんでいたわたしだから、また女としてこの世に生を受けることがあったなら、今度は理系の脳をもって生まれることを期待して、数学少女になってみたいものです。


 そして「トポロジー群論の本を読んでいるときのわたしの顔って、とても魅力的だと思う」とかいったりするのが夢なの。

 

 わたしがそういったら、あなた、大笑いしたわね。実はいまでもちょっぴり根にもっています。というのは嘘。根になんてもっていません。でもあなたはわたしがそういう夢をもつこと自体が文系の発想だといいましたね。理系のひとは絶対にそんな発想にはいたらないと指摘してくださったとき、少し落胆しました。


 わたしがどうしたって理系になれないことはわかっていたけれど、でも理系になったら叶えたい夢まで文系の脳に侵食されていたなんて、残念です。

 

 めでたく数学少女になったあかつきには、ほかにも叶えたい夢がたくさんあったのに。でもそれもきっと、文系の発想から考えた夢なのでしょうね。

 

 わたしの憧れの数学少女。


 「あなたの話は論理学の演習問題を暗唱しているみたい」とか、「わたしがいっているのは完全にロジカルな命題よ」なんていう言葉を使ってみたかったのに。

 

 「残念だね。理系のひとはそんなこと、絶対にいわないよ」と懸命に笑いを堪えながら、あなた。


 そして自分とおなじ脳の構造をもつ人間の「生態」について、詳細に説明してくださいました。

 

 あなたがアルコールランプとビーカーで珈琲を淹れて飲むことに憧れ、学生時代にそれを実践してみたら、数多の白い目が待ち受けていたこと。理系の人間には谷崎潤一郎谷川俊太郎の区別がつかないということ(ほんとう?)。ルドンの絵の話をしたら、なにかのブランドのことだと受けとられて致命的に会話が噛みあわなかったというお話(ほんとうにほんとう?)。


 なんだか挫けてしまいそう。でもね、わたしはやっぱり数学少女になりたいの。もし生まれ変わることがあったなら、今度こそ。

 

 

 

 

 (Kに宛てたいつかの手紙の断片から、11)