少女後遺症

 

 

 真っ白な美徳の花のように染みひとつない少女が一滴の血を流し、その血とおなじ色をした燻りを心に芽生えさせたとき、その瞬間、なにも知らなかった少女は死ぬさだめに生まれた。

 

 けれどもY染色体をもたずに生まれた生き物なら誰でも少女になれるわけじゃない。おなじように少女ならばかならず女になれるわけでもない。「本物」の少女になれるのも女になれるのも、限られた、選ばれた者たちだけだ。

 

 わたしはいつだって《少女》に憧憬と羨望を抱いていた。彼女たちがいつか訪れる「死」のために生きているのだとしても、その儚ささえ愛おしかった。なぜなら彼女たちはかならず「死」に、運命の刻限まではたしかに「生」きているのだから。

 

 赤い、紅い、あかい血を流して息絶えるとき、彼女たちの血から咲く花。

 椿? 柘榴? それとも薔薇?

 

 少女はいつの世も、いとしいひとの手によって摘みとられ、女になる。

 かつての自分を骨だけの残骸にして。

 

 だから《少女》という観念は、わたしにとって限りある時間への哀切に等しい。自分が他者を魅惑する存在であるということをまだ知らない、おのれの美しさというものを感知していない無垢なる者の象徴としての、哀惜にも似た奇跡。

 

 「青春を実現している少女たちだって、純白を湛えて漆黒を讃えている」と、いつかわたしにいってくれたひと。「自分は少女ではない」というわたしに、「少女は口が裂けても自分のことを《少女》であるとは、けっしていわない生き物でしょう」といってくれたあの女性の言葉を、わたしはいまでも覚えている。

 

 ありがとう。

 

 せめてわたしだけの「少年」でいてくれたひとの《少女》になることができればよかったと、かれを想いだすたびにそう感じながら、けれどもわたしはわたしなりに奇跡を演じてみせたあの眩しい季節を亡骸にして、少女後遺症を抱えたまま、老女予備軍への準備をはじめなければいけないようです。

 


 純白を湛えて漆黒を讃えながら。