黄金の年輪に刻まれる一瞬

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 十七歳は黄金の季節か、暗黒の時代か。

 甘く柔らかい舌でくるみこみ、宝石みたいに閉じこめておきたい永遠の楽園か。口のなかから吐きだしたい悪意の唾のように、二度と想起したくない煉獄か。
その答えはひとによって異なる。

 

 けれどもその年齢をいまになって振り返ってみると、懐かしい日々に眩しさを感じてしまう気持ちを否定することはできなくて、記憶のなかに射しこむ光線がきらきらと反射するほどに、そこにおちていた翳をもまた、深く淡く思いだしてしまうのだ。

 

 『Wij Zijn 17』

 

 「ぼくたちは十七歳」と名づけられたその書物は、ヨハン・ファン・デル・クーケンがセブンティーンのときにおない年の友人たちを被写体として撮影したかれの記念碑的な写真集で、レンズをむけられた少年少女たちは黒と白の風景のなかで、やわらかい光と影に包まれて眩しいほどに自らの存在をあますことなく主張している。

 

 

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 かれらの表情は無防備で物憂げで、心をゆるした者にしか見せることのない、だからけっして《大人》たちは覗くことのできない「横顔」が、そこには映しだされている。

 

 あの日、あの時、あの年齢。

 

 笑いながら苦悩に陥り、泣きながら希望を抱いていたころ。

 すべてが黄金の年輪の暗黒のひと巻きだったのだと気づくことができるのは、すべてが終わったあとのこと。

 一年という永くて短い奇跡。

 夢の終わりのように、もう誰にも咎められることのない煙草を喫いながら、その烟とともに天の彼方へと消えてゆく記憶の残滓。

 

 重要なことは、みんな時とともに忘れてしまう。

 だからこの書物のなかにこうして、冷たい果実みたいに瑞々しく脆く、鉱石みたいに硬質に輝いていた、内省と倦怠に満ちた少年少女の「記憶」が時をとめて保存されているのは、驚異的なことだと思う。

 

 

*Johan van der Keuken 『Wij Zijn 17』