白百合

 

 

 

 「月が百合の花びらのように白い夜は、きっときみを想いだすよ」といつかあなたがいってくださったその言葉を、胸の内側に大切にしまいながら、わたしはお月さまを眺めていました。今宵の月は、まるで白百合の花みたいな曲線で、両腕をひろげてたったひとりのひとを求めているように、わたしの目には映りました。眠りを誘うがごとき甘い蜜のひかりを澄んだ夜のなかに零すその麗しさに、わたしは翅を針でつなぎとめられた蝶のように、窓辺から永いこと身動きできませんでした。

 

 百合の花のようなその月は、神話の女神さまの弓矢のようでもありました。それを手にして狩猟に翔けまわる美しいアルテミスはどんなお姿をしていらっしゃるのかしらと考えたとき、わたしの頭のなかには、やはり百合のように白銀の長い髪が見えました。それをひとつに束ね、まあるい月みたいな瞳でじっと眼差しをそそいでいる純潔の乙女。その視線からこぼれる光の矢で、見つめた者を殺してしまいかねない危険な目。彼女は誰を、何を見ていらっしゃるのかしらね。

 

 わたしはこう思うのです。彼女が見ているのは太陽だと。

 

 遠い昔、アポロという宇宙船が月面着陸したという、いまとなってはおとぎ話か伝説か、それこそ神話のように語り継がれているお話に、わたしは思いを巡らせます。幼いころはその計画の名前にまで考えがおよびませんでした。けれども。いまならわかります。それが神話の太陽神のお名前であること。たしかに聖なる未踏の地であった月――アルテミスを穢す(という言葉をあえてつかいます)相手がいるのだとしたら、それはかれしかいないのかもしれませんね。なんて美しく、そして残酷な命名なのでしょうか。

 

 わたしはなぜだかこの月の女神に、とても共鳴するものを感じるのです。

 どうしてでしょうね。わたしとはまったく異なる女のひとなのに。

 

 あなたもご存じかもしれませんが、わたしはよく「女神のようだ」といわれます。自らそんなことをいいだすなんて、なんて傲慢だと、そんなふうには思わないでくださいね。やさしいだとかきよらかだとか、たしかにそれはあるひとたちが見た、わたしの一面ではあるのでしょう。でもね、それだけだとは思ってほしくないのです。百合の花びらがときに、近づきがたいほどにひんやりとした冷やかさを見せるほどに高潔であるように。美しい微笑みがときに、相手を遠ざけてやまないように。

 

 髪ながき少女とうまれしろ百合に額<ぬか>は伏せつつ君をこそ思へ

 

 そんな歌があります。「少女」と書いて「をとめ」と読むこの愛おしいひとへと捧げられた祈りは、いま月を見ているわたしの気持ちでもあります。

 

 わたしは何者でもありません。選ばれた女の子ではない。

 

 この花園に咲く数多の花のように、この少女期を蕾のまま埋葬するさだめに生まれているのかもしれない。でも、思うのです。あなたのために一輪の花になりたいと。わたしに授けられた名前のように。気高く清らに優しく、あなただけに微笑んでいたいと。いまお空で花ひらくお月さまのように。

 

 あなたはわたしのアポロです。

 

 これはそれを告白するための手紙でした。

 わたしはあなたのアルテミスになりたい。そしてわたしに授けられた名前のようにあなたのための花になりたい。

 

 

 百合。わたしの名前。

 

 

 

 星のかけらさん(@hoshinokakela_N)の花園ブレスレットシリーズからわたしが勝手に連想した小説です。