女のからだはお城です

 

f:id:tukinoyume:20170905195257j:plain

 

 

 女のからだはお城なのだそうです。

 そのなかにはひとりの少女が隠れているのだそうです。

 

 『踊りたいけど踊れない』という書物のお話です。

 

 そこに綴れられた寺山修司の文章を読んだとき、頭に電撃が走った。宇野亞喜良の悪い夢と観念によって生まれたような挿絵を見たとき、指先を静電気が走っていった。

 

 思春期のころ、あの「在りし日」にわたしが感じていた気持ちを、代弁してもらっているような錯覚を抱いた。

 

 肉体が心を裏切って、昨日とは少しずつ異なる生き物になってゆくのをただ眺めているしかない、あの恐怖。

 わたしの意志であるはずのものが、わたしではない何者かに占拠され、染められてしまうような、あの憂鬱。

 

 自分に正直でありたかった。世界に潔癖でありたかった。

 けれども、それなら自分とはどういう人間か、世界とはどういう存在か、知っていなければならなかった。そしてそれを言葉にできるだけの自己というものが、まだ確立されていなかった。
 
 昨日のわたしと今日のわたしは、もう別の人間だ。それなら明日のわたしはなにを考え、だれを好きで、どれを選ぶのだろう。それすらわからない。こんなちぐはぐな「わたし」を信頼して、いいのだろうか。自分というものの不透明さに悩んで、ため息をついた日々。

 

 女のからだはお城で、そこにはひとりの少女が隠れているのだそうです。

 彼女は脅えながら「そのとき」を待ちつづけているのです。

 わたしのなかのもうひとりの「わたし」。本物はどちら?

 その問いに答えが出るのを。

 いつもかくれんぼしている「彼女」を見つけたとき、わたしはたったひとりの「わたし」になる。

 

 それが大人になるということならば、わたしはきっとまだ子どものままだ。

 この本に綴られている感情が、こんなにも心に沁みてしまうのだから。

 

 わたしのからだはお城ではないかもしれないけれど、そこにはまだ見つけてあげることのできないひとりの少女が隠れているのかもしれない。

 

 そんな気持ちにさせられてしまうのは、この書物が少女の魂を飼っているから。

 

 

 

 

 *『踊りたいけど踊れない』 文・寺山修司/絵・宇野亞喜良 アートン出版社

 

踊りたいけど踊れない

踊りたいけど踊れない