異性

 

 

 K、あなたは女という生き物がわからないというけれど、たとえばわたしもあなたのいうところの「女」だとして、わたしならばわたしの心を解剖し、喜びや苦しみをピンセットで摘みあげて、それを観察しながら生態日記を綴りたいと、そんな願望でもあるのでしょうか。

 

 あなたなら真面目にそういう願望をもっている可能性があるから、あえてお訊ねしましたが、もしそうでないとしたら、女という生き物を把握したいなんて望まないこと。わたしという人間を解剖したいなどと考えないこと。

 

 女心なんてわからない男のひとのほうが、女の方のほうでもきっと信頼してくれると思うし、わからないからこそ楽しいこともあると、わたしは感じます。少なくとも、わたしはそうです。

 

 相手のことがわからないからこそ、わかりたい、知りたい、理解したいと思うとき、そこから友情や恋が生まれるのでしょうし、わからないからこそ好きになるのだと思うし、異なる生き物だから魅力的なのだと思うのです。

 

  相手の心が手にとるようにわかってしまったら、それはとても素敵なことだけど、悩むことや驚かされるようなことは少なくなってしまうかもしれないし、 そして案外、悩んだり驚いたりすることが楽しかったりもするから。


 そんなことをいうわたしに、あなたは「きみは大人だね」と微笑されました。

 

 わたしは剥けない卵の殻に似た羞恥の破片が顔に貼りついているのを感じました。わたしが精神的に、信じがたいほどに子どもであることを、あなたに見抜かれてしまったようではずかしかったのです。

 

 だって相手のことで悩むのが楽しいなんていえるのは、真剣に深刻に悩んだことがない人間の言い分ですものね。

 

 このようにわたしは、あまりにも子どもなのです。笑えないことに。

 

  ほんとうならば、もう成熟した大人になってないといけない年齢なのに、いつまで子どものつもりだろうと、わたしはわたし自身に手を焼いています。

 

 わたしは冷酷な子ども。

 

 そう口走るとあなたは、「きみが冷たい人間だとは思えないし、むしろその逆だと、ぼくは思うよ」とそんな言葉を返してくれるけれど、あなたがそれを本気でいっているのだとしたら、あなたにそれを本気でいわせてしまうところが、わたしという人間の罠なのです。

 

 K、それはあなたもよくわかっているはず。

 

 あなたはもう覚えていないかもしれないけれど、「わたしという人間は夢見がちすぎて、自分でもその夢をもてあましてしまうの」といつかわたしが口にしたとき、あなたはこんなことをいいました。

 

 「きみの『夢』は夢見がちという言葉から連想される砂糖菓子みたいなものではなくて、たとえば婚約したての恋人が『結婚指輪どれにしようか?』と訊ねたときに『これにしましょうよ。だって美しいじゃない?』などといいながら笑顔で天文学的な額の指輪を手にとるような、もっと容赦のない夢のような気がする」

 

 そうです。「やさしさ」なんて曖昧なものより、あなたのその喩えのほうが、おそらくよっぽど、わたしという人間の本質をあらわしています。

 

 さて、そろそろ自己嫌悪のお時間のようだから、このお便りはここまでにします。特別おもしろくもないお話を聞かせてしまって、ごめんなさい。


 こんなお手紙を送りつけたら、あなたはまた、女というものはさっぱりわからないと、心のなかで呟かれるかもしれませんね。

 

 

 

 (Kに宛てたいつかの手紙の断片から、9)