菫色連盟/霧とリボン

 

 それは突如として発信されたメッセージだった。

 

 世界を菫色で満たすことを目的とする謎の組織「菫色連盟」の痕跡を発見した捜査員は随時ご報告願います!

 

 探偵事務所が要請してちいさく新聞に掲載された募集記事みたいなその言葉を目にした真夜中、ふと窓から見あげた月は、菫色に輝いていたような気がする。

 わたしはさっそくその「月」を貝殻のなかに閉じこめてしまった自分の宝物を、《菫》の砂糖漬けのイヤリングとともに「痕跡」として提出した。

 

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 夜が明けて、「菫色連盟」なるものの正体がわかった。もっともその組織は菫の花の色をした頽廃の甘い煙のようにつかみどころがなく、「わかった」と思った瞬間に掌のひらをすりぬけてしまう女性の象徴みたいな組織のために、どこまでも謎に包まれていた。

 

 アイリーン・アドラー

 

 シャーロック・ホームズシリーズに登場するその女性の名のもとに集う乙女たちの秘密クラブ。それが「菫色連盟」とのことで、その乙女の一員たる資格は菫色を愛し、それを優雅に纏っていること。かの募集記事は、日ごろは秘密結社の会員であることを隠している乙女たちの痕跡を追いかけるためのものだったのだ。

 

 わたしは《乙女》の痕跡を自分のなかに発見することを祈りながら、自らの持ち物のなかに菫色の足跡をたどった。

 

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 押収物、その1。

《幻惑》という名を冠したイプノーズの香水。毅然と気高い威厳に満ちた女王さまのようなこの小瓶を、魔法の杖だといったひとの想い出とともに封じられた紫の記憶。その魔術でどんな相手の心も魅了しかねない、美しく危険な香り、甘美で透明で静謐な、蜜の悪夢を燻らせるこのフレグランスは、「菫色」の痕跡にふさわしい。

 

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 押収物、その2。

 菫色の万華鏡。水晶のような先端になにを映すかによって、覗きこんだときの文様と色彩が変わるこのカレイドスコープ越しに、わたしはよく花を眺める。薔薇、百合、桜。まるで昆虫の眼で世界を見るみたいに、植物という神秘に一歩だけ近づけたような気持ちになる魔法の「鏡」で菫の花を映すことができたら任務完了。

 

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 押収物、その3。

 菫色的紙片。とある閑静な住宅街に佇む「菫色の小部屋」で手に入れた美しい紙片を額縁にいれて飾ったもの。

 

 

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 押収物、その4。

 菫色の詩集。押収物3にも登場した「菫色の小部屋」を知る者だけにゆるされた贅沢な菫色の函入りの詩集。

 

 

 どうやらわたしは知らないうちに秘密クラブの核心へと迫っていた。

 菫色連盟のまたの名は霧とリボン! 菫色の小部屋と呼ばれるあの麗しいお店のことだったのです。

 

 わたしが霧とリボンさまの存在を遅まきながらに知りえる僥倖に恵まれたのは去年のこと。それから幾度か足を運ばせていただいてはいるけれども、まだ「菫色」の一員を名乗るのはおこがましい身分であるわたしは、それでも胸をときめかせながらある乙女とともに菫色連盟へと潜入した。

 

 菫色の何かを身につけてご来場下さった皆様には「菫色連盟潜入証明書」を進呈いたします。

 

 そんな言葉に甘い菫色のため息をこぼしながら、菫色の詩集を鞄のなかに潜ませ、菫色のお洋服を纏い、菫の砂糖漬けのイヤリングをして潜入したわたしたち。奇跡的にわたしは、かの乙女とその小部屋のあるじであられる菫の御方と、太陽が中天から西に傾くあいだ三人だけで過ごす囁きと幸せのなかに浸ることができた。

 

 貧血をおこした伯爵夫人のように横たわる菫色の砂時計の魔術で、あのときあの空間の《時》はとまっていた。いつ訪っても菫色の小宇宙の謎と煌めきに満ちて、ある種の魔法のかかったその場所は、その魔術がなにかの結界のようにほどこされ、その魔の空間に充満する香りと菫色は、いつのときもあまりにも魅惑的だ。

 

 いつまでも立ち去りがたい、美しい貴婦人の扇のなかに閉じられたような場所。

 

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 菫色連盟潜入証明書もいただくことができて、とても幸せだった。そんな夏の日の想い出。

 

 

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