わたしたちに呪文をかけて

f:id:tukinoyume:20170903232707j:plain

 

 

 一冊の書物がひとりの人生を変えてしまうことがある。

 

 伊藤裕美さんの書物は、わたしにとってどうやら、そういう《魔法》のかかった本らしい。

 

 彼女の著作である『寄宿舎の秘密』に目で触れたのは、去年の七月。わたしは久しぶりに書物に対する旺盛な食欲を発揮し、それを夢中になってたいらげた。それは十七歳のころに倉橋由美子の『暗い旅』を読んで以来の《熱病》だった。素晴らしい書物も美しい本も、世界にはあふれている。けれども《熱病》を感じさせてくれる読み物というのは少ない。それはわたしが偏屈で頑固であることの証明なのかもしれないけれども。


 とにかく『寄宿舎の秘密』で、わたしは熱病を患った。そのころ体調を崩し、頭のなかには霞がかかるような日々がつづいて、朝も昼も晩もなく、わたしは自分のなかにある病んだ太陽のようなものを抱きながら、それが燃え尽きるか、それともさらに燃え盛ってわたしを重篤にさせるか、ふたつにひとつしかなかった。

 

 そこに射しこんだ光のように、わたしに差しだされたその書物は、どんな薬よりも効き目を発揮した。そこにはかつてわたしが理想としたはずの《少女》と《乙女》の姿が綴られていた。少女とはこうであらればならない、乙女とはこうであってほしい、という祈りが、そこに描かれたいたのだ。わたしはその理想を「かつて」としてしまったわが身を振り返った。いつの間にこの《少女》と《乙女》から、遠く隔たってしまったのだろう。そんなふうに目の覚める思いだった。啓蒙という言葉をわたしが正しく理解しているかどうかは自信のないところだが、そう、自分自身という存在が「ひらかれた」ように感じたのだ。


 そんなことがあってから、伊藤さんの書物は手に入れられるものはすべて読みたいと思うようになった。『オデットとオディール』もそのなかの一冊であり、そしてこの本が、わたしにあらたな出逢いをもたらした。


 ある日、その書物を読んでいるとき、藍色の夜に銀色の星で文字を綴ったような、それはそれは美しい装丁に引き寄せられた少女が、じっとわたしが手に持っている『オデットとオディール』を見つめていることに気づいた。まるで蝶がうつくしい花の蜜に吸い寄せられるように。なぜだかわたしは、その様子を微笑ましく思った。かわいらしい、とそう感じた。


 「あなた、きっと、このひとの本、とても好きよ」

 

 わたしがいきなりそう話しかけると、《少女》はびっくりしたように、漆黒の瞳でわたしを見つめた。

 

 「このひとの書物はね、読み手を選ぶの。読み手が本を選ぶのではない。本が読むひとを選ぶのよ。そのひとだけに聴こえる声でこういうの。『わたしを読んで』って。こんなお話、信じてくれる?」

 

 「信じるわ」と《少女》はとても嬉しそうに頷いた。「わたしも書物に呼ばれたのかしら?」

 

 「きっとそうよ。でもね、わたしはこの『オデットとオディール』も好きだけれど、『寄宿舎の秘密』という本はもっと好き。好きだなんて、そんな言葉ではとても表現できないほどよ。あなたにもぜひ読んでほしいわ」

 

 「読みたいわ。ううん、読むわ。でも、どうしようかしら? わたし、一度に読んでしまうより、ひとくちずつ大切に味わいたいような気持ちなの……」

 

 「好きなもの、素敵なものは、キャンディみたいに少しずつ舌で転がして味わいたいわよね。あるいはパフェみたいに一度に食べてしまいたいときもあるわ。あなたの心のままに。わたしの大好きな書物が、あなたにとっても愛する書物になりますように」

 

 「ありがとう、きっと好きになるわ、絶対よ!」と《少女》はその顔を花のように綻ばせ、それからおもむろにいった。「ねえ、あなた。素敵な書物を教えてくれたお礼に、わたしの秘密を教えてあげる」


 《秘密》。初対面の女の子にそんなふうに囁かれたとき、どう対応するのが「ふつう」なのだろう。いずれにせよ、わたしは「ふつう」から遠く隔たってしまったので、なにを考えるでもなく、気がつけば自然と、こんなふうにお返事していた。

 

 「あら。秘密は乙女を育む甘い毒なのに、わたしに教えてしまって、かまわないの?」

 

 いくらわたしでも、誰にでもこんな暗号のようなことをいうわけでなく、ただ彼女にはわたしの《言葉》がつうじると思ったのだ。彼女はこう言葉を返してくれた。

 

 「ええ。小鳥の囀りの、おなじ時に振り返るあなたなら」

 

 ずっと探していたわたしの《少女》に出逢ったのだと、そう思った。それは予感ではなく確信として。そしてわたしは、その瞬間まで自分が「探していた」ことさえ知らなかったのだ。


 誰の心にも花びらがある、とわたしは思っている。薔薇の花びら。

 

 その花びらの数は、ひとによって異なる。五枚のひともいれば、二十枚の衣裳を身に纏い、他人に本来の姿とは異なる自分を見せ、おのれの心さえ欺いている。そんな複雑怪奇な心をもつひとも、なかにはいる。そしてわたしは幾重もの花びらで、他者をも自分をも欺いてしまうほうであり、けれどもその《少女》は、はじめて逢ったそのときに、言葉をかわしたその瞬間に、わたしの二十枚の花びらのうち、十七枚目くらいに、企みも媚もなく、辿りついてしまった。そんなひとははじめてだった。そしてそれをちっとも不快に思わない自分に、わたしはまた驚いたのだ。一冊の書物がもたらした出逢い。


 一冊の書物が、そのひとのすべてを変えてしまうことがある。『寄宿舎の秘密』、そして『オデットとオディール』は、わたしにとってそんな書物。いつでもわたしに幸運をもたらしてくれる、祝福の書物


 最後にわたしが『オデットとオディール』を読了したときに綴った感想を添えて。

 


 双生児。
 この世に生まれるまえの世界の果て。あの昏い海のなかで抱きあいながら、互いの存在の気配を空気のように吸いこんできた、共犯者であり共演者であり分身であるふたりのこと。

 オデットとオディール。

 ふたりは他者の介在しない空間で、他人には理解不能な通信をかわす。

 幼いころに子供部屋の鍵をしめたまま、ふたりでダイヤモンドのなかに閉じこもってしまったみたい。一滴の不純物もふくまない関係。無色透明な世界。
 「外」には色彩があふれているのかもしれないけれど、でもお互いの顔さえ見つめあうことができるなら、それが幸い。

 この美しい時間は、白鳥の羽のようよ。あの真珠色の痛み。
 この愛しい時間は、黒鳥の羽のようね。あの黒曜石の輝き。

 いまここに、あなたがいること。
 いつまでこの幸いに、溺れていることができるのでしょうか。

 「そして幸せに暮らしました」と、どうかお願い。わたしたちに呪文をかけて。

 


 *『オデットとオディール』 伊藤裕美(mille-feuille)

 

 著者の伊藤裕美さんの手もとにも在庫はないようなのですが、西荻窪のa small shopでまだお取り扱いされているみたいです。ご興味のあるかたはお早めに。