清らかな毒

 

 

《秘密》は乙女を育む甘い毒。わたしはわたしを育む「清らかな毒」をもちたいものだと、つねづね感じています。

 

 わたしの《秘密》が、わたしを苦しめる棘となりわたしを刺しても、それがあの薔薇の詩人を蝕み清めた毒のようであればいいと思う。

 愛する薔薇の棘に刺された傷がもとで葬られたリルケは、最後の瞬間まで心に少女の魂を飼い、詩の世界に生きた。シューベルトの音色のなかの、ゲーテの『野ばら』のように。

 手折りて往かん野なかの薔薇 手折らば手折れ思出ぐさに 君を刺さん 紅におう野なかの薔薇。

 

 わたしも詩の世界に生きたいのです。

 気高く毅然と慈悲深い、そしてときに冷ややかに残酷な、そんな乙女になりたいのです。清らかな毒に。

 

 「清らかな毒」というわたしの観念は、しばしば花のなかに潜んでいます。芳しい《秘密》のように。

 

 

 <鈴蘭、谷間の百合

 

 白く可憐で、しかし有毒な花。この「しかし」が大切で、清らかな毒という観念を「かたち」としてあわらすのなら、この花がいちばん適切のように感じる。

 花言葉は「幸福の再来」。そして鈴蘭は、異国では「天国の階段」とも呼ばれている。花の咲き誇るさまから連想した呼び名なのだろうけれど、わたしは妄想の綿飴をふくらませて、こんなことを想像するのでした。あくまでもわたしの戯言ですが、鈴蘭が天国への福音の花ならば、鈴のかたちをしたその花は、天国への門をくぐる者をむかえるとき、凛と透きとおった音を鳴らしながら祝福するのでしょう。しかし罪深い者が門のまえにやってきたとき、鈴蘭は沈黙によってその者を迎えるでしょう。扉はかたく閉ざされ、罪を犯した者を永劫の無限のなかに彷徨わせるのです。

 鈴蘭は「罪」を識別する花。その花にゆるされた者だけが、「幸福の再来」を約束される。しかしその花は、自らがゆるさなかった者にはあくまで冷酷な乙女のように心を凍らせるのです。鈴蘭は可憐に見えて、有毒な花なのだから。

 


 <彼岸花曼珠沙華

 

 この花がいっせいにならびたつさまを、「滅びの血」と詠んだ句がありました。赤く紅く朱い血。

 夏が斃れたのち訪れる季節に、まるで瀕死の灼熱の夏の王が、振り向いた口から吹きだしたような熱気とともに、その夏が最後の息で吐いた火が燃え移ったとしか思えないこの花は、呪われた地獄のなかで業火のように開くのです。からだをひらく少女のように。

 呪われていることが不幸だと思いますか? 地獄のなかにいることが憐れだと思いますか? しかしそれは、あなたの決めることではありません。なにが幸福で不幸かなんて、誰にもわからないこと。自分自身にさえ。不幸であることが幸福で、幸福が不幸を呼ぶことだってあるのだから。そしてどんな幸福にも不幸にも、いつだって自分の指紋がついているのだということを忘れてはいけないと、わたしはつねづね考えるのです。

 それでも呪われた地獄が不幸だと思われる方には、齋藤芽生の『徒花図鑑』からこの言葉を。

 

 ”至福の恋は地獄の中にだけ存在する。”

 

 曼珠沙華八百屋お七の花です。至福の恋の業火に滅びた、清らかな彼岸の花。

 


 <柘榴>

 

 柘榴の花にも毒があります。その果実は人間の肉の味がするから鬼子母神に捧げられた、などという俗説がありますが、それも花のもつ毒を養分とした果実のなせるわざなのでしょうか。

 この花はわたしにとって、ペルセポネーの花です。冥界の王に魅入られし清らかな乙女の花。

 死と乙女という言葉は、揺るぎなく鎖で繋がれ 果かなく婚姻する。オフィーリアの系譜、ジュリエットの遺伝子。そしてペルセポネーもまた、死の乙女です。麗しい少女に恋をし、なんとしてでも自らの花嫁にと望み、逃げようとする彼女を追いつめ、黄泉へと掻き攫ってしまう死という花婿の本質なのだから。

 

 《死》と乙女は婚姻する。《乙女》は死の伴侶にふさわしい。だから彼女は選ばれた。冥界の妃に。

 

 冥王に見初められ、花のように儚く摘みとられ、彼のひとの国へ連れ去られた。柘榴の実を口にふくみ、黄泉の王の配偶者にさだめられた。

 しかし「奪われた」彼女は、「奪う」者だったのではないかと、わたしはときどき考えるのです。狩りびとに追われながら逃げ惑う彼女は、「惑わせる」者でもある。逃げることによって男はよりいっそう夢中になって追いかけてくる。拒絶によって焦がれた心はますます発火し、昏い炎となる。

 乙女はそれを知っているのでしょうか。知らないとしたら、それこそが彼女の罪。その無意識の媚態こそが、「清らかな毒」なのです。

 

 

 つい楽しくて、つらつらと妄想を書き綴ってしまいました。
 わたしの「清らかな毒」という観念のなかには、やっぱりわたしの愛する少女と乙女が棲んでいるようです。

 

 

 (2016.10.4)