予言

 

 

 わたしの記憶のなかの少年Kは天性の少年で、それにくらべて自分はまがいものだったというのがあなたの言い分ですが、本物とか贋物とか、それはわたしにはわからないことだし、わたしと同級生だったあの男の子がどちらであったのか、いまとなっては永遠の謎です。

 

 けれどもこのあいだお話したロシアンルーレットについての会話のあとで、たしかこんなふざけた会話を少年Kとかわしたことを覚えています。

 


 「そのグラスの中身を飲むことになるのはKくんだと思う」とわたし。

 「予言がでたね」とかれ。

 「世界滅亡の予言程度にあてにならなそうなわたしの予言だけど」

 「おれは予言を信じるほうだよ。終末論なんてものは、いわば浪漫の一種だ」

 


 そんな馬鹿げたやりとりをひととおり繰り広げたあと、ほんとうに予言どおり日本酒のグラスは彼の手に渡り、いっきに呷って顔色ひとつ変えなかったと思えば、二十分もするとベッドのうえで気持ちよさそうに安眠していて、どんな夢のなかを酔歩しているのか、わたしたちが帰るときもKくんはその夢から覚める気配はありませんでした。

 

 みんなそのグラスがかれの手に渡ったのは偶然だと思ったらしいけれど、かれは最初からそのつもりだったのだとわたしはいまでも感じていて、わたしはそういうところもふくめてこんな男の子になりたいと思ったの。

 

 でも、少年という生き物について、頭で想像するしかないわたしと、実際に少年であったことのあるあなたとでは、大きく見解が異なるようです。

 

 少年は空を飛ぶことに恋をする生き物で、現実の女の子に恋なんてしてはいけないのだとわたしがいったとき、あなたは「それは違う」と否定されましたね。少年たちは女の子に恋をするがために、空を飛ぼうとするのだと。おのれの空回りと直視した現実から逃れて、あの空に希望を見るのだと。

 

 わたしにはよくわからないお話でした。

 

 少年は自ら悲恋にむかって突き進んでいるという、あなたのお話をわたしなりに咀嚼するなら、少年とは全世界を敵にまわして戦っているような生き物だから、女の子に恋をしてもまだその手をとる準備ができていなくて、自分からわざと遠ざけてしまうような真似をする、とそういうことなのかしら。

 

 あの少年Kにもそんな相手がいたのでしょうか。想像もつかないことです。少年たちには女の子という重力や、恋という餌に屈せず、その透明な翼で羽ばたいていてほしいと、どうしても願ってしまうわたしだから。

 

 ところで、わたしの「K」という記号の定義が気になるご様子なので、このお手紙の最後にそのことについて軽く触れておきます。

 

 そうね。その記号はわたしが親しみを感じる男性の総称なのだと思います。わたしの親しみというのは、誰かを見て心がやさしく波立つことなのですけど、そういう対象なのだと。そんな説明で納得していただけますか。K、わたしの親愛なるひと。

 

 

 

  (Kに宛てたいつかの手紙の断片から、8)