畏怖

 

 

 六条御息所は、男のひとにとって永遠の畏怖なのだと、わたしは思っています。

 

 男にとって、夕顔は恋人、藤壺は憧憬、紫の上は理想、とするとき、それぞれの女君にはかならず「永遠の」という言葉がつくならば、六条御息所は永遠の畏怖。

 

 K、あなたにも六条御息所がいたんですね。

 

 あなたを愛し、愛するあまりに、あなたを苦しめたひと。

 おなじ愛が返ってこなかったからといって、生霊になってしまったひと。

 

 あなたはやさしいひとだから、自分の恋を死滅させたそのひとを、きっと髪のひと筋ほども恨んではいないでしょう。むしろ、そこまで彼女の気持ちを追いつめてしまったなにかがおのれにあるのかもしれないと、そんな責任のようなものを自分のなかに見ているのかもしれません。

 

 ところであなたは、六条御息所はどうして生霊になったのだと思いますか?

 

 愛執のため?
 嫉妬のため? 

 

 おそらく、そうでしょう。でもそれにつけ足すものがあるとすれば、自尊心のため、とわたしなら答えます。

 

 彼女は誇り高いひとなので、もちろん源氏が自分のほかに通っている女たちについて探ってみようだなんて、心のなかで考えることすらしないひとです。

 

 自分に対する源氏の愛情が冷めかかっていることに気づきながら、すがってみせようだなんて、思いもおよばないひと。

 

  彼女はいつも毅然として、正しくて、隙を見せてはならないのです。

 

 なぜなら前の東宮妃だという身分に加えて、源氏より七歳も年上の自立した女なのだから。

 だからいくら美しくて教養がある帝の息子であろうと、まだ若くて世間を知らないような男に、自分を見失うほど溺れていることを男にはもちろん、ほかの誰にも知られてはならない。

 

 どこまでも抑えたその自尊心が生霊を呼んだのだと、わたしは感じます。

 

 「あまりにも自分をも他人をも隙間なく見つめすぎるひとで、朝晩をともにし、永いあいだいっしょにいれば、いずれこちらが見劣されるだろうと思った」

 

 源氏はのちに若い日の愛人であった六条御息所という女性を振り返って、思い出ぐさにこんなことをいいますね。

 

 彼女はそういうひとです。

 そしてあなたのために生霊になってしまったひとも、そんな女性だったというお話でした。

 

 つまり、つきあいを重ねるほどに重たくなるひと。そしてその重さには、たまたま道連れになって背負った女が、次第に磐石のようになり、そのまま身動きを封じられてしまうような、その女の引力圏内から一歩も外には出て行けなくなってしまうような、そんな強い意志がこめられた恐ろしさがありますね。

 

 その恐ろしさに気づいたとき、多くの男が女の重さから逃れたいと思ってしまうのは、あたりまえのこと。しかたのないこと。

 

 女のほうでもそのことは、よくよくわかっているのです。

 

 だからなんとかその重さをおのれのなかに閉じこめようとして、自分自身がそれに押しつぶされてしまうの。自らの重さのなかで身をよじるように苦しみ、悲しんで、そのことで彼女のなかのなにかが傷つき、愛が残した悪質の化膿菌から、ジェラシーの膿がでて、それがお化けになってしまうの。この「なにか」とはもちろん、プライドのことね。
 
 あなたはあなたの六条御息所を、ちっとも恨んではいないとわたしは考えているけれど、彼女にも彼女の苦しみと悲しみがあったのだと思うのです。わかってあげてね、とはいわないけれど、そんな愛し方もあるのだということを、覚えていてあげてください。

 

 愛にもさまざまな種類があって、儚さや憧れや慈しみだけでなく、畏れもその一種であるということを、どうか記憶に刻んでください。だってあなたのまえには、きっとこれからも新しい六条御息所が現れるはずだから。

 

 源氏物語とはもしかして、男にとってはこれ以上ないくらいの教訓が記されている古典なのではないかと、あなたはいいましたね。

 

 そのとおりです。

 

 あなたがいままで出逢った女、これから出逢う女は、すべてあの物語のなかに登場しているはずです。

 

 ね、そうでしょう? 源氏の君?

 

 

 

 (Kに宛てたいつかの手紙の断片から、6)