プリンスになりたかった男の子

 

 

 あのころ、わたしのまわりの男の子たちにとっての文学における「神さま」は、吉田健一澁澤龍彦深沢七郎だった。

 

 生きている現在進行形の人間は、いつ自分を裏切るかわからないから完全には信用できないけれど、この世と縁を切ったひとならば絶対に自分を失望させないから安心して「信仰」できる。

 そんな痛ましい年齢で、わたしは彼らの憧れを少し醒めた目で眺めながら、彼らのあいだでしか通じない暗号めいた言葉や通信に、密かに羨望を抱いてもいた。

 

 そんなわたしがなぜ、深沢七郎の『東京のプリンスたち』を読んでみる気になったのか、自分でもよく覚えていない。誰かに薦められたのか、題名に惹かれたのか、それともただの気まぐれか。

 

 とにかくわたしはその書物に呼ばれた。

 そしてそれを読み終えたとき、なぜ男の子たちが深沢七郎を好きなのか、たぶん漠然と理解した。

 

 そこには「少年」という生き物の普遍性が、まるで図鑑のように綴られていた。

 刹那に泡沫に、彼らは短い時間を駆けてゆく。充血した自意識、硝子のような感情。手を伸ばして届く、そのほんの少し先にまで行ってみたくてたまらない。それどころか、ほんとうは地球の果てまで、月の裏側まで飛んでいきたいのだ。大好きな音楽を聴きながら、リズムにのって踊りながら。

 

 だが、彼らはどこにも行けない。

 自由で束縛されている少年たち。

 

 手を伸ばすことをやめたとき、少年は「大人」になるのだろうか。

 

 深沢七郎を愛していたあの男の子たち。彼らはきっと、『東京のプリンスたち』という書物のなかの住人になりたかったのだろうと、わたしは勝手に思っている。「正しい」少年に、なりたかったのだろうと。

 

 

 

 *深沢七郎 『東京のプリンスたち』(新潮文庫楢山節考」に収録)

 

  (2016.9.22)

楢山節考 (新潮文庫)

楢山節考 (新潮文庫)