天女

 

 

 わたしが生まれた日は、この土地ではめずらしく、雪が降っていたんですって。

 

 K、あなたの生まれた日にもやっぱり雪が降っていたのだと、いつか教えてくれましたね。二月。あなたがこの世に生を受けたあの季節に、わたしもまた開かれた世界にむかって産声をあげたのでした。

 

 わたしたちの誕生とともに、宙を舞っていたというあの天の白い花びらは、祝福のあかしだったのでしょうか。それとも憐憫のしるしだったのでしょうか。

 

 まえにあなたは、空のなかには一羽の鳥がいるのだとおっしゃったことがありました。その鳥が穢れなき純白の翼を羽ばたかせたとき、羽根が雪となって地上に落ちてくるのではないかと、幼いころから雪を見ると、そんな白昼夢のような幻視を眺めている気分になると、そういうお話でした。

 

 あのときから、わたしのなかにも白い鳥が棲みついているの。その色の白さは、胡蝶蘭の華やかさではなく、お砂糖のような甘さでもなく、紋白蝶みたいな軽やかさとも違います。白銀の雪の純真をその身に宿している鳥。


 そしてその傍らには、天女がいる。


 天女。あのときにもわたしは、そういいました。

 

 あなたが子どものころから雪に白い鳥を見るように、わたしもまた天女を見ているのだということを。

 

 いつからかわたしは、雪とは天の女がこぼした涙だと思うようになりました。

 

 雪が降るたびに、うつくしい女が空の彼方で泣いていることに、かなしくなりました。だから雪とは、わたしにとって誰かのかなしみでした。それが感染して、自らのかなしみとなって降り積もり、だからそれを見るとわたしの目は潤んでくるのです。おそらくわたしのなかで結晶化したなにかが、漿液となってわたしからこぼれようとしていたのでしょう。それは天女が流した涙と、おなじものだったのかもしれません。

 

 そんなわたしの言い分に、「それなら今日は、天女になにか悲劇があったんだね」というのがあなたの返事でした。

 

 それはその年の冬の終焉を予告するような大雪の日でした。

 

 「空にどんな変事があったんだろうね」とあなた。

 「こんなにたくさん泣くなんて、生まれたばかりの赤子みたい」とわたし。


 天のあの白い花びらは、祝福のあかしでしょうか。憐憫のしるしでしょうか。


 天女もまた、嬰児だったことがあるのでしょうか。

 生まれたことがかなしくて、彼女は泣いているのでしょうか。

 

 あの空のなかにいても、生と死の概念からは、輪廻転生の輪のなかからは、逃れられないさだめなのかもしれない。そんなことを考えて憂鬱になるのは、人間であるわたしの勝手な感傷です。天女のかなしみはきっと、わたしの想像もおよばないような、なにかとても恐ろしく美しく、頑なに儚いものでしょう。


 雪というものが、そうであるように。


 いまはただ、あの天女が、自らに寄り添う白い鳥の冷やかに温かい羽根のなかにくるまって、ながい永い眠りにつくこと、彼女の心の平穏を祈るだけです。

 

 

 

 (Kに宛てたいつかの手紙の断片から、4)