過去にもう一度戻れるなら

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 タイムトラベルマドレーヌというかたがいる。

 まるでプルーストが『失われた時を求めて』のなかでマドレーヌを口にしたとき、失われた時を跳躍したあの現象を示唆しているようなこのお名前をもつかたは、星占いをなさったり、点滴堂さんというブックカフェで星の願いのこめられたローズクォーツのようなバスソルトを販売したり、星座のタイムトラベル郵便という催しをひらかれたりしている。

 

 星座のタイムトラベル郵便は、まずこのさき一年自分を守護してくれる星座をおみくじで引き、おのれへの祈りみたいなものをお手紙に綴る。そうしてそれをタイムトラベルマドレーヌさんにお預けしておけば、おみくじで引いた星座が夜空に輝くころにそのお手紙が郵送されてくるというロマンティックな企画で、はじめてこのイベントの存在を知ったとき、なんて素敵なことを考えるかたがこの世にはいるのだろうと胸をときめかせたものです。

 

 このタイムトラベルマドレーヌさんの星みくじというものが、点滴堂の「星座巡礼・夏」 という展覧会のおりに出展されていた。星のステッキにおみくじがついていて、そのなかにいま自分に必要な言葉が書かれてある。そんなしかけのようです。

 

 幼いころに憧れた魔法の杖みたいなその星のステッキに、わたしの乙女心が刺激され、ピンクとブルーのお星さまのうち、はじめに目があったピンクの星を持ち帰って、さっそくおみくじをひらいてみたら、こう書かれてあった。

 

 「過去にもう一度戻れるならどの瞬間を選ぶのか考えてみよう」

 

 まさにタイムトラベル。時間跳躍するのならどの瞬間かというその問いに、わたしはすぐに答えをだすことができなかった。しかしあれからひと月ちかく時間が過ぎてもこの言葉はわたしの胸のなかで、ちいさな引っかかりのようなものとして残っていた。

 

 過去にもう一度戻れるなら。

 

 少女時代という観念の、過ぎ去ったひとつの季節に対しては郷愁のようなものを感じないではいられない。それはわたしのさがのようなものだから。それはいわばわたしの《マドレーヌ》の時間であり、甘美なお菓子の記憶だけれど、過ぎ去った日々はあとに残してきたからこそ、いっそう美しく輝くものであることを、わたしはもう知っている。現実にその時間にいたころ、季節は美しいばかりでなく、醜悪でグロテスクなものをたくさん見つめてきた。いまそれさえもわたしのなかでひとつの《美》となりえるのは、それがもう二度とおとずれない時間だからだ。

 

 「失われた時」は失われたからこそ美しい。

 

 あのころに戻りたいとはけっして思わないし、過去の自分にはいっさい未練がない。いまがいちばん幸せだから。

 

 そう、わたしがいまいかに恵まれていて幸せであるかということを、あの星みくじはわたしに教えてくれようとしたのかもしれない。そんな気がする。