引力の手錠で繋がれた関係

f:id:tukinoyume:20170825062716j:plain

 

 

 

  ジャン=ルネ・ユグナンは『荒れた海辺』という結晶のような小説を一冊だけ遺して、儚く夭折した作家だ。

 

 それは夏の日の午後、太陽が宙にとまったまま動かなくなってしまった世界を影絵のように切り抜いた物語で、「夏」という言葉が若さというものの象徴だとすると、一瞬だけきらめて消えてしまう星のような季節を閉じこめてしまったこの書物に、わたしは作家の運命と呼応するような、無限の儚さを見る。

 

 銀の刃のように美しくて残酷で、自分に近づく者を傷つけずにはおけない オリヴィエ。そんな男が唯一心をゆるす妹のアンヌ。彼女が兄の友人であるピエールと婚約したことから生まれる繊細な心の揺らぎ。それを詩的に掬いとったこの本を読むたび、夏の終わりをの空気と匂いを感じて、わたしは切なくなる。

 

 この兄と妹は、連星みたいに引力の手錠で繋がれているような関係だ。

 

 太陽がふたつ、ぐるぐると回りながら追いかけっこをしている。自分が相手を追いかけているのか、相手に自分が追いかけられているのか。それはわからない。でもこの遊戯をやめるわけにはいかない。立ちどまるわけにはいかない。追いついて追いつかれたとき、熱く融けあうような太陽の抱擁をするわけにはいかない。

 

 インセスト

 

 古代の神々ならば、それも可能だったのかもしれない。

 けれども現代に生まれたかれらに、それは禁じられている。

 だから、なにも起こらない。この海辺の舞台に劇は不在だ。

 

 それでも行間のなかに潜み、夏に倦んで眠ってしまっているような感情を散見することはできる。

 

 たとえば男は女をもっとも愛したとき、その存在の死を無意識に願うのだという。自分の心というものを奪ってしまった者に対して、「愛」の根底には憎しみが流れているのだという。そしてその「愛」が完全な瞬間に終わることを望むのだという。だから物語のなかで、男の傍らにいる女が病を患うとき、そのさきには死の顎が口を開いて待っている。

 

 オリヴィエもまた、そうと意識することはなくアンヌの死を願っている。

 わたしはそこに、この兄と妹の母音二文字の結晶を見るのだ。

 

 この書物は毎年、夏の終わりに読むことに決めている。

 

 王位を頂いて果実のように熟していた太陽が失墜し腐ってゆくことへの、輝いていたものが色褪せていくことへの、弔いとして。

 

 

 

 * ジャン=ルネ・ユグナン『荒れた海辺』 筑摩書房

 

 

荒れた海辺 (1965年)

荒れた海辺 (1965年)