優麗

 

 

 K、あなたが「ゆうれい」という言葉に幽霊ではなく「優麗」という字を当て嵌めてわたしに宛てたお返事にそう綴ってくださったことを、わたしがどんなに嬉しく思っているか、どういったらあなたにつたわるでしょうか。

 

 優麗。雅やかで品のある美しさをもつもののこと、そのさま、というわたしの頭のなかの辞書に記された認識に間違いがなければ、「ゆうれい」からその漢字を連想したあなたの感性、としかいいようのないものにわたしは脱帽する思いです。

 

 そうなのです。

 

 わたしの胸に巣食った観念としての「ゆうれい」は、美しいもの。だから哀しみがつきまとうもの。

 

 うつくしいのに切ない。うつくしいから淋しい。それは虹のようなものです。指先からこぼれてゆく幻影、つかまえたい夢、あまりにも見つめすぎると眩暈を起こしてしまう。そしてとても、不吉なもの。

 

 まえのお手紙でも書きましたが、「ゆうれい」とはわたしにとって、「愛」という母音二文字の重みにこめられた、その意味に等しいのです。

 

 

 たとえばね、谷崎潤一郎が『人魚の嘆き』のなかで、優婉を「幽婉」と、憂鬱を「幽鬱」と綴った、選ばれた言葉だけで築かれた華麗な宮殿の内部を覗くようなその文章に、そっと目で触れたとき、淡く儚い「幽か」という文字にゆきとどいた言葉の神経に、わたしは心から感激したの。

 

 あなたの「優麗」にもおなじものを感じました。

 

 

 「ゆうれい」がわたしにとって、愛という観念の結晶のようなものであるということは、すでにお話しました。でもその「愛」を宿している女の顔は、当然ながら、それぞれに異なるのです。

 

 

 少女にもさまざまにあるように。

 彼女たちがいろいろな貝殻を胸のなかに隠しているように。

 

 

 綺麗な女の子の爪みたいな桜色のもの、恋人の耳のかたち、黒と真珠色の渦巻くメレンゲ菓子に似たもの、青味がかった光沢の輝きをもつもの、半身を失った蝶の翅のようなもの。

 

 それぞれの貝殻に記憶があり、少女たちにも物語があります。彼女たちはその貝殻を心の内側にしまいこみ、それを自分の城にして、ヤドカリとなってそのなかに隠れる。そこは誰も知らない彼女たちだけの世界。ひとことでは語れない少女という種族の秘めごと。

 

 

 幽女にもきっと、おなじことがいえるはずだと、わたしは思うのです。幽霊に(優麗に)なるような種族に生まれた女は、おのれのなかに少女を飼っているはずです。貝殻を隠しているはずです。そして愛という青白く冷たい炎に燃えているのです。

 

 その「愛」の顔は、ダリアの殺意に似た憎しみに彩られていたり、菜の花の愁いのなかに沈んでいたり、百合の花嫁みたいな生まれたての白い無垢に輝いていたり。でもそのどれにも、美しさと哀しみがあるのです。

 

 

 なんだか自分で綴っていながら、なにを書いているのか、よくわからなくなってきました。あなたにこの文章のすべてを理解してほしいなんて望みません。わたし自身でさえ、意味が不明なのですから。

 

 わたしはいつか「ゆうれい」になりたい。

 

 もしもその「いつか」が叶い、無色透明な存在としてあなたのまえに現れたわたしを見たとき、あなたは幽霊と優麗、どちらの漢字でわたしを呼んでくれるでしょうか。

 

 

 

 (Kに宛てたいつかの手紙の断片から、2)