幽霊

 

 

 K、またお手紙をさしあげてしまいます。

 
 突然のようですが、幽霊という存在には死ななければなれないのだと、やっぱりあなたも思いますか?

 こんな疑問からはじまるこのお便りに目をとおしたとき、きっとあなた以外の人間だったなら、また戯言がはじまったといわんばかりの苦い顔で、やれやれと肩をすくめてしまうことでしょう。

 あなたならばそれが、このどこか少し頭のおかしな女が今度はなにを話しはじめるのだろうという、たあいのない興味と関心からだとしても、ひとまず最後まで読んでみようという気を起こしてくださると、わたしにはわかっています。

 


 だからこそ、わたしはこうしてあなたにむかって綴ってしまうのかもしれません。


 さて、幽霊の話です。

 あなたはまえに、幽霊は金魚に似ていると、そうおっしゃったことがありました。覚えていますか? なんでも記憶から忘却してしまうあなただから、あのときのあの会話も、おそらくもう、あなたのなかから消え落ちてしまっていることでしょう。

 わたしはそれに失望なんてしない。

 あなたがなんでも忘れてくれるひとだから、わたしはなんでも告白できるのだから。そしてあなたが忘れてしまったものは、すべてわたしが覚えているのだから、なんの不都合もありません。


 金魚と幽霊は似ている。


 学生時代、お祭りで金魚すくいの夜店をだしていたことがあると、そんな話からあなたは不意に、そんなことを呟かれたのでした。


 金魚のあの儚さは、幽霊のそれにつうじるものがある。


 わたしはね、金魚は少女の魂を飼っていると、勝手に考えているの。そして少女のなかには金魚が棲んでいるのだと。

 薔薇のように複雑に幾層もの渦を巻き、その花びらに感情を封じこめ、一枚でも失えば自分という意味さえ失くしかねない彼女たちの心。

 炎の、血の、夕焼けのあか。尾は開いた舞扇みたいに、浴衣の帯のようにひらひらと誘い、鱗の花びらで相手の愛を閉じこめる。蜜の瞳で相手の心をとろりと奪う。

 くちびるにルージュなんてひかなくても、すべてが真紅。どこまでも深紅。身も心も赤く染まっています。


 エロスとタナトスを体現している存在。

 

 そこまで考えたとき、きっとあなたのいう「幽霊」とわたしのいう「少女」は、おなじ存在なのではないかということに気がつきました。


 幽霊。わたしは幼いころ、いつか自分が幽霊になるのだと信じていました。

 死という、この世と縁を切る儀式に関係なく、たぶん二十歳になるまえに、少しずつおのれのからだが希薄になって、二十歳になるのと同時に、めでたくすっかり無色透明になり、この世界からも消えてしまうのだろうと。

 けれどもそんな期待を裏切り、わたしは立派に二十歳の刃を跨いで、そのあともこうして生き、まだまだ俗世とは縁が切れそうにはありません。残念ながらといおうか、喜ばしいことにといおうか、迷ってしまうところではあるけれど。


 そこで冒頭の疑問に戻ります。

 幽霊には死ななくてもなれる。わたしはそう考えているのですが、あなたはどうですか?
 たとえば選ばれた女の子だけが「少女」という生き物になれるように、選ばれた女だけが「幽女」になれる、とわたしはそう思うのです。


 わたしは幽霊とは女がなるものだと、なぜだか幼いころからずっと、そう感じていて、その「なぜだか」の理由を考えてみると、それはきっと女には愛執があるからだと、そんなふうに感じます。

 それに近いものが男にあるとすればそれは妄執であり、だから男は怨霊や死霊になることはあっても、幽霊にはならない。

 力に遺恨を残すのが男なら、愛に口惜しくなるのが女で、それなら「幽霊」とは、ひとつの愛の観念のようなものなのかもしれない。


 幽女とは、死したあとも成仏できずにこの世にとどまりたいと願うほどの、魂を奪われるような恋をした者のこと。

 わたしが幽霊になりたいと望んだのは、あるいはそんな恋に対する甘い戦慄と苦い羨望とを感じていたためでしょうか。


 K、あなたはどう思う?

 わたしはいつか、幽霊になれると思いますか?

 

 

 

 (Kに宛てたいつかの手紙の断片から、1)