彼女は月に、還りたかった

 
 
 たぶん誰も信じてくれないだろうけれど、十代のピラミッドの頂点のころから数年間、わたしには夢のなかだけで会うことのできる男の子がいた。
 
 かれは端整な顔をしたシニカルな少年で、わたしがなにか戯言を口走るたびに、うつくしい唇に皮肉気な微笑を浮かべていた。
 
 誰かに打ち明けようなどとは思いも寄らないことも、かれにならなんでもいえた。
 
 
 たとえば、こんなこと。
 
 
 「わたしはね、一日に書物を百ページ以上読んで活字を摂取しないと、たちまち精神に栄養失調を起こすの。それってとても後ろめたくて、不健康なことだと思わない? 狂った羊のように書物を食べても、そこから生まれるのは暗闇だけ。それが宇宙空間みたいに少しずつ広がってゆくの。いつかその《無》に支配されるとき、わたしは発狂してしまうんじゃないかと、そんな気がすることがあるの」
 
 
 かれはなにもいわず、うすい唇を閉じあわせて、歪んだ微笑を浮かべていた。
 
 それがわたしには心地よかった。どんな返事も求めてなど、いなかったから。
 
 
 かれはどこにでもいた。
 
 桜吹雪が白い闇のように綻んで散るなか、蛍が遊離した魂みたいに漂う夜の河原に、銀杏が金色の音楽を奏でる影の並木道に、雪が蝶の死骸のように舞う下に、どこにでも。
 
 
 松村栄子の『僕はかぐや姫』と出逢ったのは、そんなおりのこと。
 
 
 十七歳になろうとするころだった。冬だった。
 
 まるで自分のことを書かれているように思った。
 
 自分と、かれのことを。
 
 
 それは少女がおのれのなかに棲む「ぼく」とさよならし、「わたし」になるお話だった。わたしのなかのかれとの別離の物語だった。
 
 
 読み終えたとき、涙がとまらなかった。
 
 それは近い未来に訪れる別れの予感に対する不安と確信の涙だった。
 
 物語のなかで、かぐや姫になって月に還ることを願う「僕」に自分の似姿を見たわたしは、
 
 そんなことは不可能であることを物語に教えられ、現実を突きつけられた。
 
 あの本を閉じたとき、わたしは十七歳よりまえの自分をページの隙間に隠してきた。あの一度だけの読書に、わたしはすべてを置いてきた。
 
 
 だからもう、わたしがこの書物の「扉」を開くことは、二度とない。
 

 *松村栄子 『僕はかぐや姫
 
 
 (2016・9・22)
僕はかぐや姫 (福武文庫)

僕はかぐや姫 (福武文庫)