手紙

星降る夜のクリスマス/点滴堂

点滴堂さんで「星」と名のつく展示のたびに、近ごろではタイムトラベルマドレーヌさんのタイムトラベル郵便が開催されています。 これはまず、自分に幸運をあたえてくれる星座や星雲のおみくじをひき、自分自身にお手紙を書いて点滴堂さんのご店主さんにお渡…

猛禽

何度も繰り返すようですが、男のかたはほんとうに大変だと思います。 わたしが男のひとだったら、たったひとりの「巫女」のための神さまになるのは無理そうなので、猛禽の一族になりたいと感じます。 宇宙船のなかから暗黒の銀河を眺め、ときどき月や金星に…

尼僧

神と巫女の関係のまま終わりを迎えた幸福な例は、与謝野鉄幹&晶子夫妻とか、武田泰淳&百合子夫妻とか、わたしには「神―巫女型」のご夫婦のように思えます。 そういえば「神—巫女型」は父娘にもいて、森茉莉やアナイス・ニンはお手本どおりの「父の娘」なの…

巫女

「飛んで」しまった少女というと、わたしはまず矢川澄子を思い浮かべます。 矢川澄子の著書を何冊か読んだくらいの知識しかないので、これからお話することは見当違いであることを承知で聞いてやってくださいね。 手触りとして、わたしは矢川さんの文章から…

奥歯

二階堂奥歯の『八本脚の蝶』を、ようやく読み終えることができました。 「こんなにも魅力的な言葉を綴るひとを、ぼくはほかに知らない」とあなたがそう評した奥歯さん。紡いだ文章だけで、あなたの心を絡めとってしまった彼女。あなたのなかに秘められた情熱…

乙女の庭と女の荒野

「愛の庭の乙女、その優美で豊潤で繊細な庭は、あなたと親しみをかわす者にとって心安らぐ場所です。悲しみや苦しみに沈むとき、顔をあげて、これまで築いた美しい庭を見渡してみてください。丁寧に培った植物たち、光の洪水。乙女の愛は、その庭がみせるあ…

初恋

まえのお手紙で綴りましたね。わたしが十七歳を迎えるまえのこと。 鈴の音に招かれて眠りに就いたとき、決まって見ていた夢のこと。 その夢がどんなものであったのか気になると、せっかくあなたがいってくれても、あなたの興味を満たすような話なんて、わた…

神さまのいない月の朔

ふと今年もすでに十月が巡っているのだという事実に気づきました。神さまのいない月です。去年のいまごろはこの神無月の朔日――新月の晩に、神とおなじようにお空に不在の月へと祈りを捧げるように、わたし自身に願うように眠りに就いたことを覚えています。…

太陽

ときどき太陽の夢を見るの。 空に輝くその円が、少しずつわたしに近づいてくるのです。 でももしかしたらわたしのほうが太陽に近づいているのかもしれない、なんて思っているそばからわたしと太陽の距離は緩慢に接近しつつあり、自分が空にむかって落ちてい…

希求

欲しいものはたくさんあるの。 矢野顕子さんの『ひとつだけ』という歌は、そんなふうにはじまります。 ≪きらめく星くずの指輪 寄せる波で組み立てた椅子 世界中の花 集めつくる オーデコロン≫ わたしなら、そこになにを当て嵌めるだろうと考えてみました。 …

爪痕

あなたにとって、わたしが「無」ではないとしたら、それはとても嬉しいことです。人から見ても「無」そのものだったら、こうしてお手紙をかわしている意味もなくなってしまうでしょうし。 べつに意味を求めてあなたとお話しているわけではないけれど、さすが…

忘却

「忘れられる」ことへの恐怖がないといった、わたしの言葉にあなたが興味をもたれるとは思いませんでした。だけどせっかく関心を抱いてくれても、わたし自身もそれについてはうまく説明することはできそうにありません。でも、そうですね。以前あるひとに、…

生霊

わたしたち、六条御息所の話ばかりしていますね。 現代の光の君であるところのあなたにとっての六条御息所は、あなたを愛で釣りあげることには失敗してしまったかもしれないけれど、それがたとえ畏怖からであったとしても、あなたの記憶に忘れがたい女のひと…

蛍火

蛍。わたしはね、おのれの愛を淡く静謐な光だけでつたえようとするあの生き物をいとおしいと思います。まるで怨嗟のような声をあげて相手を自分に振り向かせようとする、呪いのような蝉の求愛のしかたをおぞましいと思います。 もちろん、蝉に罪などありませ…

季節

わたしは冬生まれだからなのか、たぶん冬にこそ自分のすべてがあると思ってしまうので、黒々と磨きあげられた冬の夜の空に残酷な目のように輝いている月も、心臓まで凍らせてしまうような雪女の息みたいな風も、いつのまにか降ってどこにともなく消える風花…

金魚

K、あなたが金魚に魅せられていることは、わたしもよく知っています。 そしてあなたにとって「金魚」といえば、室生犀星が『蜜のあわれ』のなかで綴ったあの少女であることも。 あの金魚にどうしようもなく惹かれる反面、おなじじくらい強い恐怖も感じるの…

冷淡

わたし、優しいのに冷たいといわれたことがあります。 冷たいのに優しい、だったらそれは良い意味なのでしょうけれど、優しいのに冷たい、だったら明らかに皮肉が混ざっていますよね。 それから饒舌なのに寡黙とか、博愛主義者なのに好き嫌いが激しいとか。…

血液

わたしのことを無邪気だなんていうのは、あなたくらいのものです。 無邪気さなんてかけらもないと思っていたわたしなので、自分が無邪気であるかどうかなんて、考えてみたことすらありませんでした。 たとえばいま、わたしが十四歳の女の子だったとしたら、…

少女

わたし、紫陽花が好きです。花のなかでいちばん好き。 紫陽花の季節のたびに葛原妙子という歌人の「美しき球の透視をゆめむべくあぢさゐの花あまた咲きたり」という短歌が頭から離れなくて、それを数ある自分の呪文のひとつとしているという、そんなわたしで…

年齢

褒められているのか、それとも皮肉なのか、それはわからないことだけれど、わたしには年齢不詳なところがあるというようなことは、よくいわれます。 「わたしは十二、でもよくよく見れば六十でもある」なんて言葉を十二歳のころから自分の呪文にして、年齢な…

数学

K、どこまでも理数系で構造されている自分の脳のことを指して「繊細さが足りない」のだと嘆くあなた。つぎに生まれ変わったら文系の脳をもつことがささやかな望みなのだと打ち明けてくれたあなた。 そしてわたしの見ている世界とおなじ視線であらゆるものを…

山茶花の天使の羽根

わたしの山茶花の少女から、お手紙と贈り物が届きました。 お手紙も贈り物も、わたしのためにとあの子が心をつくしてくれたことが嬉しい。美しい友人のなかに、わたしのことだけを考えてくれている時間があったことが嬉しい。薔薇ビーズの十字架とマリアさま…

異星

「きみはまるで宇宙人の娘みたいだ」 小娘のころに、そんなことをいわれたことが幾度かあるの。 いまでもわたしのなかに焼きついている言葉たち。 わたしに正体というものがあるなら、それを見破られてしまったかのような驚愕と戦慄を、そのたびに感じたもの…

異性

K、あなたは女という生き物がわからないというけれど、たとえばわたしもあなたのいうところの「女」だとして、わたしならばわたしの心を解剖し、喜びや苦しみをピンセットで摘みあげて、それを観察しながら生態日記を綴りたいと、そんな願望でもあるのでし…

さよならの手紙

三鷹の駅北口から歩いて五分のブックカフェ、「点滴堂」はちいさなお店。 おそらく美しいもの、儚いもの、大切なものを丁重に保存し、扱うためには、その小ささは必要条件なのだ。 足を運ぶたびになにか、わたしにとって、美しく儚く大切なものと出逢えるよ…

流星になりたいとわたしがいえば

「流星。冷たくとどまる静物ではなく、激しく燃えて、力の限りふりしぼり、朽ちてゆく。自由になりたければ、儚く果てると知りつつも、流星となって地へおちるしかないのかもしれません。流星はきっと愛するひとのもとへゆけるのでしょう。流星になるという…

予言

わたしの記憶のなかの少年Kは天性の少年で、それにくらべて自分はまがいものだったというのがあなたの言い分ですが、本物とか贋物とか、それはわたしにはわからないことだし、わたしと同級生だったあの男の子がどちらであったのか、いまとなっては永遠の謎で…

少年

K。あなたはわたしのKだけど、わたしにとって「K」の称号をもつ男のひとは、あなただけではないというお話は、まえにもしました。 「K」という記号はわたしのなかで特別の響きをもっていて、男のひとのなかにある意味を発見したとき、わたしはそのひとを…

畏怖

六条御息所は、男のひとにとって永遠の畏怖なのだと、わたしは思っています。 男にとって、夕顔は恋人、藤壺は憧憬、紫の上は理想、とするとき、それぞれの女君にはかならず「永遠の」という言葉がつくならば、六条御息所は永遠の畏怖。 K、あなたにも六条…

夕顔

K、あなたの過去の恋人の話を聞くのが好きです。 そのお話に耳を澄ませているとね、なんだか不思議な音が聴こえてくるの。なんの音だろうと考えてみたのだけれど、それはたぶん、あなたのなかに広がる海の音ね。記憶の潮の音。それが満ち、そして引いてゆく…